
FILE_01: 取材開始
インタビュアー:如月さん、本日はお時間いただきありがとうございます。
インタビュアー:定年退職されてから始められたという、こちらのリゾートバイトについて、ぜひお話を伺いたくて。
トメ(如月トメ):いやあ、ワシのような年寄りでも雇ってもらえるのはありがたいねぇ。
トメ:海も近くて、空気も綺麗で、最初はのんびりしとったんじゃが……。
インタビュアー:はい? 何か、あったんですか?
トメ:うん。
トメ:最近、どうも腑に落ちんことがあってね。
トメ:夜中にふと目が覚めると、いつも同じ景色が見えるんじゃよ。
インタビュアー:同じ景色、ですか。
トメ:ええ。
トメ:窓の外に、誰か立っとるような気がしてね。
インタビュアー:……窓の外に?
トメ:そう。
トメ:しかも、そういう時に限って、決まって雨の音が聞こえてくるんじゃ。
インタビュアー:雨の音……。
インタビュアー:ええと、それは実際に雨が降っている、ということでしょうか?
トメ:いや、それが妙な話でね。
トメ:明け方には、いつも晴れてるんじゃよ。
トメ:ワシ、昔から妙なことに首を突っ込みたがる性分でね。
トメ:ひょっとして、これはあの……。
トメ:検索してはいけない言葉、っていうのに触れてしもうたせいかな、なんて、不安になってしまって。
インタビュアー:検索してはいけない言葉……ですか。
インタビュアー:それはまた、どうしてそう思われたんです?
トメ:いや、はっきりとは覚えてないんじゃが、昔、誰かから聞いたことがあってね。
トメ:『検索してはいけない言葉を調べると、不思議なことが起こる』って。
トメ:ワシはただ、『怪談』って言葉をちょっと検索しただけなんじゃが……。
トメ:まさか、こんなことになるとはねぇ。
インタビュアー:『怪談』を検索しただけで、ですか……。
インタビュアー:それは少し、飛躍しすぎな気もしますが……。
トメ:いや、でも本当に、夜中に目が覚めるたびに、心臓がドクドクして……。
トメ:窓の外の気配に、背筋がゾッとするんじゃよ。
FILE_02: 核心
インタビュアー:その窓の外の「誰か」というのは、具体的にどんな風に見えるんですか?
トメ:それがはっきりとは見えんのじゃ。
トメ:いつも、ぼんやりとした人影でね。
トメ:暗闇と、いつも聞こえてくる雨の音のせいか、輪郭が揺れて見えるんじゃよ。
インタビュアー:……それは、もし本当に人だとしたら、かなり不気味ですね。
インタビュアー:アパートメントホテルの部屋から見て、そんなに近くに人影が立つなんて。
トメ:そうじゃろう?
トメ:ワシも最初は、気のせいかと思ったんじゃが……。
トメ:毎晩続くとなると、もう、これは何かの呪いじゃないかって。
インタビュアー:呪い、ですか。
トメ:ええ。
トメ:もしかしたら、ワシが検索してはいけない言葉を調べてしまったから、こんな目に遭っているのかも、と。
インタビュアー:はは……でも、それは如月さんの勘違いでは?
インタビュアー:誰かが意図的に如月さんを怖がらせている、とか。
トメ:いや、それはないじゃろう。
トメ:ワシ、このリゾートバイトに来てから、特に誰かと揉め事も起こしとらんし。
トメ:それに、いくらなんでも、毎晩、人の気配を感じるたびに雨の音が聞こえるなんて……。
トメ:まるで、ワシの恐怖に呼応しているかのようじゃ。
インタビュアー:……如月さん、少し顔色が悪いようですが。
インタビュアー:今日はこのくらいで、一度休憩にしませんか?
トメ:いや、大丈夫。
トメ:まだ話したいことがあるんじゃ。
トメ:その影はね、ある晩、急に動いたんじゃよ。
トメ:部屋で夕食を食べていたら、窓ガラスに、はっきりとした影が……。
インタビュアー:えっ……!
トメ:ワシは心臓が止まるかと思った。
トメ:息をひそめて、じっと外を見たんだが……。
トメ:誰もいないんじゃよ。
トメ:ただ、その時も、やっぱり雨の音だけが、部屋中に響き渡って……。
インタビュアー:……今、変な音がしませんでしたか?
インタビュアー:録音機に、何か……。
インタビュアー:ノイズのようなものが混じったような気が……。
FILE_03: 異変発生
トメ:え? なんの音じゃ?
インタビュアー:いえ、気のせいかもしれませんが……。
インタビュアー:……やっぱり、今、何か、カチャ、と。
トメ:ああ、ワシの時計じゃろうか。
トメ:もう、こんな時間か。
トメ:ワシも、この話をしとると、どうも落ち着かんのじゃ。
インタビュアー:そうですよね。無理に話を進めなくても。
インタビュアー:……あ、今度は……。
インタビュアー:ドアの方から、何か……。
(取材中の部屋のドアが、トントン、と軽くノックされる音がする)
トメ:ん? 誰じゃろう?
インタビュアー:えっ……。
インタビュアー:約束はしていませんよね?
トメ:ああ、そうじゃったな。
トメ:ワシ、ちょっと見てくるわ。
(如月トメがドアを開ける。隣室の地元の人間が立っている)
地元の人間:お邪魔します。
地元の人間:お隣に新しいスタッフさんがいらっしゃったと聞いていましたので、ご挨拶にと思いまして。
地元の人間:お休みのところ、すみませんね。
トメ:え? ああ……。
トメ:いえ、どうぞどうぞ。
インタビュアー:……あ、そうだったんですね。
インタビュアー:てっきり、何か……。
インタビュアー:いや、失礼しました。
地元の人間:あら、お客さん?
地元の人間:お構いなく。
地元の人間:それでは、また改めて。
(地元の人間は軽く頭を下げて去っていく)
トメ:……。
インタビュアー:……如月さん?
トメ:……ああ。
トメ:そうか……。
トメ:そういうことか……。
インタビュアー:何か、気づかれたんですか?
トメ:ワシがこのリゾートバイトに来てから、毎晩のように聞こえていた雨の音。
トメ:そして、窓の外に立っていた人影。
トメ:ずっと、何かの怪奇現象かと思い込んで、震え上がっておったが……。
トメ:このアパートメントホテルの部屋は、隣の部屋の窓と、すぐ近くに面しておるんじゃ。
インタビュアー:え? それはつまり……。
トメ:隣の人が、普通に窓の外で作業をしたり、ベランダに出たりする際に……。
トメ:ワシの部屋から見たら、人影に見えた、と。
トメ:そして、この辺りは少し古うて、隣の部屋の水道管の音が、やけに響くんじゃよ。
トメ:特に、夜中に水を使うと……。
トメ:まるで、雨が降っているような、ザーッという音が聞こえてくる。
インタビュアー:……つまり、これまで如月さんが体験された恐怖は……。
トメ:ただの、ワシの勘違いと、早とちりじゃった、と。
トメ:はは……。
トメ:ワシは検索してはいけない言葉を調べて、何かの怪奇現象が起こったと思い込んでいたが……。
トメ:まさか、その検索してはいけない言葉の一つ、『怪談』を調べた結果、自分が怖がっていることが、本当の恐怖ではなかったことに気づくとはね。
インタビュアー:……え?
インタビュアー:検索してはいけない言葉が、『怪談』……?
トメ:そうじゃ。
トメ:ワシが検索したのは、ただの『怪談』という言葉じゃった。
トメ:それが、いつの間にか『検索してはいけない言葉』にすり替わって、勝手に怖がっとったんじゃ。
トメ:全く、年寄りの妄想癖には困ったもんじゃのう。
録音終了
インタビュアー:……なるほど。
インタビュアー:てっきり、本当に何かが起こったのかと、こちらもヒヤヒヤしていました。
インタビュアー:まさか、隣の部屋の水道管の音と、ご近所さんの影だったとは……。
トメ:全くじゃ。
トメ:ワシも、何十年も生きてきて、こんな間抜けな間違いをするとはのう。
トメ:リゾートバイトに来て、心機一転、と思っていたが……。
トメ:まさか、こんな形で「恐怖」と向き合うことになるとは。
インタビュアー:でも、最終的にそれが「勘違い」だと分かって、本当に良かったです。
インタビュアー:雨の音も、もう怖くないでしょう?
トメ:ああ。
トメ:もう、大丈夫じゃ。
トメ:むしろ、隣の人の生活音として、親しみがわいてきたわい。
インタビュアー:……はは。
インタビュアー:それでは、本日は本当にありがとうございました。
トメ:こちらこそ、わざわざこんな話を聞いてくれて、ありがとう。
インタビュアー:……(録音停止のボタンを押す音)
(後日、インタビュアーのメモ)
如月トメさんの話は、結局、彼女の思い込みと、些細な日常の出来事が重なった結果だった。
「検索してはいけない言葉」が「怪談」だったというオチには、思わず力が抜けてしまった。
しかし、彼女が抱いた恐怖は本物だったのだろう。
人間は、見えないもの、聞こえないものに、どれほど簡単に恐怖を感じてしまうのか。
この取材を通して、改めて考えさせられた。
(完)