SAの闇に光るQR、息子が呼ぶ

夜中のサービスエリア。時計はとっくに二時を回っている。こんな時間に高速道路を走るなんて、昔の私じゃ考えられなかった。でも、もう昔の私じゃない。助手席には誰もいない。隣に座っていたはずの息子は、もう半年も連絡が途絶えている。あの子が家を出て行ってから、私の人生はどこか歯車が狂ってしまった。

ハンドルを握りすぎて、肩が凝り固まっている。首を回すとゴリゴリと嫌な音がした。まるで古くなった機械みたいだ。体のあちこちが軋む。トイレに行きたい。さっきから膀胱が主張している。こんな時間に、人の気配もまばらなSAのトイレなんて、ちょっと気味が悪いけれど、こればかりは我慢できない。

スマホを握りしめる。また、着信履歴を確認する。やっぱり、あの子からの連絡はない。何回、何十回、何百回と、この画面を眺めただろうか。通知ランプが光るたびに心臓が跳ね上がるのに、いつも期待は裏切られる。どこで何をしているんだろう。ご飯はちゃんと食べているのか。まさか、変なことに巻き込まれていないだろうか。胸の奥がキリキリ痛む。胃もたれとは違う、もっと深い痛みだ。

駐車場から建物へ向かう途中、薄暗い一角に、妙な光が目に飛び込んできた。青白い光が、滲むようにぼんやりと輝いている。目が疲れているせいか、乱視のせいで光がギザギザと拡散して見える。まるで幽霊でもいるみたいに、そこだけが空間から浮き上がっているように見えた。ゾワリと腕の毛が逆立つ。

「なんだい、あれは……」

誰もいない、いや、いるかもしれない。深夜のSAは、昼間とは全く違う顔を見せる。時折、トラックの重いエンジン音が響き、それがまた、私の不安を掻き立てる。息子も、こんな夜中にフラフラしていたら危ないんじゃないか。そんなことを考えていると、その青白い光が、まるで私を呼んでいるかのように感じられた。

恐る恐る、スマホのカメラを起動させて、その光に向けてみた。画面越しに見ると、光の塊の中に、不規則な点や線が浮かび上がっているように見える。まさか、まさか、これは――QRコード? 疲労と目の錯覚が重なって、スマホの画面に映る光と影が、妙な模様に見えたのだ。誰かが、こんなところに、メッセージを残した? 息子が、私に何か伝えようとしている?

「まさか…」

画面を凝視する。焦点が合わない。老眼鏡をかけるべきだったか。でも、こんな夜中に、まさかこんなものが。スマホを近づけてみる。すると、スマホの奥から、微かに「カタ、カタ……」と、小さく、しかし確かな音が聞こえてくるような気がした。まるで、スマホが何かを読み取ろうとして、内部で部品が動いているような。あるいは、必死に電波を探しているような。いや、私の指が、緊張でスマホの縁を擦っている音か? どちらにしても、その音は、私の心臓の鼓動と妙にシンクロして、焦燥感を煽った。

急に背中が寒くなった。私はその場から逃れるように、足早にトイレへと向かった。
トイレの個室に入って、鍵を閉める。狭い空間で、ようやく一息ついた。肩で息をしながら、またスマホを取り出す。履歴から息子の名前を探し、発信ボタンを押す。プルルルル……虚しく響く呼び出し音。ああ、まただ。また繋がらない。

「どこにいるの、あんた……」

声が震えた。不安が波のように押し寄せる。あの青白い光と、カタカタという音。あれは一体何だったのか。もし、本当に息子が何か危険に巻き込まれていて、誰かが私にSOSを送ろうとしていたとしたら? こんな深夜に、こんな薄暗い場所で、一体誰が……。恐怖で全身が震えだす。こんなふうに震えるのも、年のせいかしら。いや、これは息子のせいだ。あの子がちゃんと連絡をくれていたら、こんな不安に苛まれることもなかったのに。

用を足し、手を洗ってトイレを出た。鏡に映る自分の顔は、目の下に濃いクマをこしらえ、血色も悪く、まるで病人みたいだ。こんな顔じゃ、息子に会っても心配かけるばかりだろう。でも、会いたくて仕方がない。

気になって、私は再びあの青白い光の元へと引き返した。やはり、あの場所だけがぼんやりと光っている。恐る恐る近づいてみると、そこにあったのは、古びた扉だった。人が通るようなドアにしては、随分と高さがあり、幅も広い。業務用か何かの扉だろうか。

私が扉に手を伸ばそうとした、その時だった。ガチャン、と背後で大きな金属音がした。心臓が飛び跳ねる。
「ひっ!」
思わず小さな悲鳴を上げて振り返ると、作業服を着た男性が立っていた。背中に「清掃」と書かれた作業着だ。彼は手に大きな鍵束をジャラジャラと鳴らし、私の方を怪訝そうに見ている。

「お客様、ここは立ち入り禁止ですよ。夜間清掃で鍵をかけているんです。すみませんね」

作業員は、私が近づこうとしていた扉の鍵穴に、ジャラジャラと音を立てながら鍵を差し込んだ。ガチャリ。確かに鍵がかかっていた。私の目の前で、彼は扉の取っ手を回し、カタカタと揺らしてみせる。

「ほら、開かないでしょう? この奥は、資材置き場になってましてね。この青い光は、充電式の作業用LEDですよ。ほら、電源はこっち。今はもう片付けたところなんですけどね。すみません、びっくりさせちゃって」

作業員が指差す先に、確かに少し離れた壁に仮設のコンセントがあり、そこから太いケーブルが扉の奥へと伸びているのが見えた。青白い光は、その充電式LED照明の光が、扉の隙間から漏れていたものだったのだ。そして、カタカタという音も、作業員が扉を揺らして鍵がかかっていることを示していた音だった。いや、もしかしたら、私がスマホを握りしめていた時に、あの扉から聞こえていた微かな音も、扉の金具が夜風に揺れて鳴っていた音だったのかもしれない。

私は、開かない扉の前に立ち尽くしたまま、呆然と、自分の手のひらを見た。スマホを握りしめていた手が、汗でじっとり湿っている。
「なんだい、これ……」
独り言が、喉の奥から絞り出すように漏れた。
あの青白い光と、カタカタという音。まさか、それがQRコードだなんて。疲れていたんだ。きっと、目の錯覚と、焦る気持ちが、そんな幻を見せたんだ。

苦笑が漏れる。情けない。こんなにも追い詰められているなんて。でも、仕方のないことだ。息子が、私の目の前から消えてしまったんだから。どこで、何をしているのかもわからない。生きてさえいてくれれば、それだけでいい。
「息子の無事なことを、祈るばかりだわ……」
ポツリとつぶやき、私は重い足を引きずって、深夜のSAを後にした。もう、あの子からの連絡が来ることはないかもしれない。それでも、私はこのスマホを手放せない。この小さな機械だけが、あの子との唯一の接点かもしれないのだから。早く、家へ帰って、冷え切った体を温めたい。そして、また、あの子からの連絡を待つ日々が始まるのだ。