藁人形の呪い、終わらない

リサイクルショップの呪い

あの藁人形を見たせいだ。全部、あの藁人形のせい。もう何日まともに寝てないか分かんねえ。目蓋の裏がザラザラして、頭ん中ずっとモヤがかかってるみてえだ。あの藁人形、何で俺、あんなにじっと見つめちまったんだろ。ただの古びたゴミだろ、本当は。

あの日は確か、暇つぶしにリサイクルショップに寄ったんだ。店の中は古臭い匂いがして、埃っぽいし、なんか変なものがごちゃごちゃ置いてある。そんな中に、そいつはいた。薄汚れたガラスケースの隅っこに、ぺたんと座ってる藁人形。顔もねえのに、なんかこっち見てる気がして、妙に気になったんだ。釘が一本、胸のあたりに刺さってた。錆びた、汚え釘。なんでか分かんねえけど、俺、そいつから目が離せなくなって、しばらくの間、釘と藁人形の境目をぼんやり見つめてた。あの時、あんなもん見なきゃ良かった。それからだ、夜が怖ええのは。

昨日も、また眠れなくて、結局朝までスマホいじってた。もう頭ん中ぐちゃぐちゃ。昼間、ふと思い出したんだ、この間リサイクルショップに忘れ物したなって。適当に脱いだパーカー。別に大したものじゃねえけど、季節の変わり目で夜はまだ冷えるから、取りに戻るか、って。店はもう閉まってたけど、裏口のシャッターが半分だけ開いてて、中から明かりが漏れてた。店主のおっちゃん、まだ残ってんのか。声をかけると「おう、どうした?」って顔出して、俺の顔見て「なんだ、お前、顔色わりぃな」って。俺だって分かってるよ。眠れてねえんだから。

「パーカー忘れちまって」って言うと、おっちゃんは「ああ、これか」って、カウンターの奥からくしゃくしゃになった俺のパーカー出してくれた。ついでに「悪いけど、ちょっと手伝ってくれねえか? 閉店後にしかできねえ作業が山積みでよ。最近、妙なもんが奥から出てきて困ってんだ」って。断る理由もねえし、どうせ帰っても眠れねえから、頷いた。

店の中は、日中とは違って妙に静かだった。埃っぽい空気と、古びた家具の匂いが混じって、胃の奥がムカムカする。不眠のせいで頭痛もする。こめかみのあたりがずっとズキズキ痛え。おっちゃんは奥の倉庫でごそごそやってて、俺は店の真ん中あたりで、売れ残りの雑貨を棚に戻したりしてた。

その時だ。

カサッ。

微かな音が、頭上から聞こえた。屋根裏か? 木造の古い建物だから、風が吹けばギシギシ言うのはいつものことだ。でも、今の音は、なんか違った。もっと、乾いた音。軽いものが擦れるような。
俺は思わず動きを止めて、耳を澄ませた。心臓が、ドクン、と大きく鳴る。不眠のせいで、もう何もかもが神経質になってる。ちょっとした物音にもビクッとする。

また、カサッ、カサカサッ。

今度は、さっきよりも少しだけ、音が続いた。風の音か? でも、外はそんなに風が強いわけじゃねえ。それとも、ネズミ? いや、ネズミにしては、もう少し重いような、軽いような……よく分かんねえ。頭がぼーっとしてて、思考がまとまらない。昨日の夜も、一睡もできなかった。寝ようとすると、あの藁人形の、あの釘が、頭の真ん中にブスッと刺さる夢を見るんだ。

「おっちゃん、今なんか音しなかった?」
俺は小声で尋ねた。奥から「ん? なんか言ったか?」と、おっちゃんの鈍い声が返ってくる。聞こえてねえのか。

カサ、カサカサッ。

さっきよりも、はっきり聞こえる。音源は、店の奥の方、天井に近い場所。やべえ、まただ。あの藁人形のせいだ。あの藁人形を見つめてから、ずっと幻聴が聞こえるようになった気がする。頭がおかしくなりそうだ。

「おい、冗談だろ……」

俺は震える声で呟いた。視線は、無意識のうちに天井のシミと、そこから垂れ下がる電線の影に吸い寄せられていた。影が、まるで何かの文字に見える。いや、違う、ただの影だ。パレイドリアってやつだろ。分かってる。分かってるのに、そう思えない。不眠のせいで、現実と幻覚の境目が曖昧になってる。

カサカサカサカサッ!

今度は、明らかに動きを伴う音だ。まるで何かが、屋根裏で這いずり回っているような。それも、軽いものが、必死に動いているような音。俺の背中に、冷たい汗がツーッと伝う。あの藁人形が、まさか、こんなところまでついてきたのか? いや、そんな馬鹿なこと。でも、あの釘が、あの錆びた釘が、俺の脳裏に焼き付いて離れねえ。なんであんなもん、あんなに見てたんだ俺は。頭ん中が、藁人形の残像でいっぱいだ。もう、本当、勘弁してくれ。不眠が、俺の精神を蝕んでる。

「おっちゃん! 屋根裏に、なんかいる!」
俺は半ば叫ぶように言った。おっちゃんは「なんだぁ? ネズミでも出たか?」って、のんびりした声で返事する。このおっちゃん、全然焦ってねえ。

カサカサカサッ!

俺はもう我慢できなくて、脚立を引っ張り出して、天井の点検口に手を伸ばした。埃っぽい点検口の蓋を開けると、真っ暗な空間から、またあの音が聞こえる。

「うわっ!」

俺は思わず声を上げた。薄暗い屋根裏の隅、梁と梁の間に、何かが見えたんだ。ごちゃごちゃした荷物の隙間、奥まったところに、それはいた。

「あれ、なんでこんなところに……」

そこにあったのは、まさしくあの藁人形だった。胸に錆びた釘が刺さったまま、薄汚れた藁人形。風の通り道になってるのか、細い隙間から入り込む風で、藁人形の藁がカサカサと音を立てていた。その音が、屋根裏の壁に反響して、まるで何かが這いずり回っているように聞こえていたのだ。

「ああ、それか」
おっちゃんが、俺の声を聞いてやってきた。「それ、前に奥の倉庫から出てきたもんでな。誰かが持ってきたのか、捨てていったのか。気持ち悪くてそのままにしてたんだが、置き場所に困ってて。奥の棚の裏にでも置いとくか、って思ってたんだが、どうせまた誰かに見つかるのも嫌だし。かといって、捨てるのもなんか嫌なもんでな。とりあえず、目につかない屋根裏の、あの荷物の隙間に置いといたんだ。まさか、お前、あんなとこまで見つけるとはな」

おっちゃんは、何でもないことのように言う。屋根裏の、しかも荷物の隙間。見つからないように、わざと隠したってことか。それにしても、俺の不眠と、この藁人形がこんなところで再会するとは。

俺は点検口を閉め、ゆっくりと脚立を降りた。頭の中のモヤが、少しだけ晴れた気がした。全部、俺の不眠のせいだ。あの藁人形を見つめすぎたせいで、精神的に参ってたんだ。だから、風の音まで、恐ろしい何かの動きに聞こえたんだ。

深いため息が、俺の口から漏れた。疲れた。本当に疲れた。もう二度と、あの藁人形なんて見ねえ。ていうか、早く家に帰って、ベッドに倒れ込みてえ。眠れるかどうかは、分かんねえけど。多分、またあの釘が頭ん中に刺さる夢を見るんだろうな。あの藁人形を見た後、不眠が続く。この呪いは、いつになったら解けるんだ。