足の重さ、まだ消えない恐怖。

ああ、もう。本当に嫌になる。この足の重さ、いつまで続くんだろう。まるで誰かに泥でも詰まらされたみたいに、一歩一歩が鉛だ。誰かが後ろから、じっと、息を潜めて追ってきてる。そんな気がして、振り向くのが怖い。でも、振り向かないと、もっと怖い。この数日、ずっと胸の奥底で響く「ドン」って低い音。波の音とは違う、もっと不気味で、ずしんと胃に響くような音。あれの正体、もういい加減、ハッキリさせないと気が狂いそうだったから、こんな夜中に一人で来ちゃったけど……はぁ、本当に後悔しかない。なんでこんなこと、私一人でやってるんだろ。

潮の匂いが鼻につく。生臭くて、ちょっと湿っぽい。携帯の充電はとうに尽きてるし、どうせ誰もまともな時間には電話に出ないだろうけど、一応、公衆電話を探しに来たんだ。万が一、何かあったらって。でも、まさかこんなところまで来て、またあの音を聞くなんて。

防風壁の向こう側からだ。また「ドン」って、ずしり、ずしり。心臓が飛び跳ねて、喉の奥がキュッと締まる。同時に、遠くから射す車のライトか何か知らないけど、光が壁に当たって、不気味な影がゆらゆら揺れてる。まるで、誰かが、壁の向こうで、何かを、何か硬いもので、必死に叩き続けてるみたいじゃない。

息が詰まる。どうしよう、どうしよう。足が、もう、一ミリも動かない。まるで地面に縫い付けられたみたいに重くて、痛い。誰かが追ってくる恐怖で足が重い。本当に、もう、勘弁してほしい。このままここで、誰かに捕まるのかな。そんな馬鹿なこと、ありえないって頭ではわかってるのに、勝手に体が固まって、冷や汗が背中を伝う。公衆電話に手を伸ばそうとするけど、指先が震えて、ダイヤルを回すなんて、とてもじゃないけど無理だ。

「ドン、ドン……」

また響いた。今度は、さっきよりもはっきりと、低い振動が地面から伝わってくる。光もチラついて、壁の影が大きく、小さく、不規則に踊る。まるで、向こうにいる誰かが、私を試してるみたいに。このまま逃げ出したい。でも、逃げたら、きっと追いつかれる。そんな気がして、動けない。ああ、もう、足が重い。誰かが追ってくる恐怖で足が重いんだよ。いい加減にしてくれ、頼むから。吐きそうだ。

意を決して、もう、どうにでもなれって気持ちで、公衆電話からほんの少しだけ離れて、防風壁の隙間から向こう側を覗き込んだ。

…え?

そこには、防風壁に隠れるように建つ、見慣れた「24時間営業」のコンビニエンスストアが、煌々と明かりを灯してた。壁のせいで、今まで全く見えなかったんだ。その店の奥の方、セルフレジが並んでる一角で、青い作業服を着た人が、大きな掃除機みたいな機械で床を吸い込んでるのが見えた。バキューム清掃ってやつかな。その機械が唸るたびに、床が低く振動して、「ドン」って音が響く。そして、機械が動くたびに、店の蛍光灯の光が壁に当たって、影が揺れてたんだ。

はぁ……。

全身の力が、一気に抜けた。へなへなと、その場に座り込みそうになる。
セルフレジ?こんな、海の真ん中みたいな場所に?てっきり、誰かが追ってきてて、私のこと、何かで叩いて脅かしてるのかと……。まさか、深夜のコンビニの清掃作業だったなんて。

「…なんだ、これ」

情けない声が漏れた。安堵と、拍子抜けと、怒りと、色々ごちゃ混ぜになって、喉の奥から込み上げてくる。作業員さんが、こっちに気づいてないか、恐る恐る覗き直す。コンビニの店員さん、かな。夜中にご苦労様です、なんて、皮肉の一つでも言ってやりたくなった。

深呼吸を一つ、二つ。
それでも、まだ少しだけ、心臓がドキドキしてる。足の重さも、完全に消えたわけじゃない。誰かが追ってくる恐怖で足が重い、この感覚は、あの音とは関係なかったんだ。でも、じゃあ、この足の重さは一体何なんだろう。このゾワゾワした感じは。

結局、電話をかける気力も失せて、私はコンビニの明かりを背にして、重い足を引きずりながら、また暗い夜の海岸を歩き始めた。今度は本当に、誰も追ってきてない。わかってる。わかってるんだけど。それでも、後ろを振り返る勇気は、まだ、なかった。