給水塔の闇、無言電話が震えている

まただ。この数日、いや、もう一週間になるか? 毎日、毎晩、携帯が震える。ポケットの中で、枕元で、ブルブルと。無言電話だ。出ると何も聞こえない。切るとまたすぐ鳴る。おかげでこの数日まともに寝ちゃいない。瞼の裏がザラザラして、頭の奥がズキズキと脈打っている。ああ、いい加減にしてくれ。

こんな真夜中に、俺はフラフラと団地の敷地を歩いていた。眠れないからだ。布団に入っても、いつまた携帯が鳴るかと思うと心臓がドキドキして、ろくに休まらない。こんな時間だが、少しでも外の空気を吸えば、この頭の鈍い痛みが引くかと思ったんだ。古びた団地の給水塔が、夜空に黒い影を落としている。錆びた鉄骨が、月明かりを受けて不気味に光る。昔から、ここは薄気味悪い場所だった。

その時だ。

微かな、しかし確かに耳の奥に響くような、低い「ブーン」という音が聞こえた。最初は、耳鳴りかと思った。睡眠不足で、最近は幻聴まで聞こえるようになってるのかと。だが、違う。それは鼓膜だけでなく、胸の奥にまで響くような、重たい振動を伴った音だった。まるで、誰かが携帯をバイブレーションにして、アスファルトの上に置いたような……いや、もっとずっと大きい。低周波の、うねるような音。

「まさか……また、お前なのか?」

俺は携帯を握りしめた。手汗でしっとりと湿っている。こんな夜中に、こんな場所で、まさか無言電話の音が聞こえるはずがない。なのに、この耳に纏わりつくような、不快な振動音は何なんだ? 頭が重い。まるで鉛でも詰まっているみたいだ。睡眠不足のせいで、思考がまとまらない。

音の出どころを探して、給水塔の周囲をゆっくりと歩いた。薄暗い。団地の外灯も、この時間になるとまばらで、ほとんど役に立たない。目だけがギラギラと冴えて、周りの暗闇に溶け込む影が、まるで意思を持った生き物のように蠢いて見える。木の枝が風に揺れる音も、誰かが囁いているように聞こえてくる。ああ、本当に頭がどうにかなりそうだ。このままじゃ、本当に病院送りになる。

「ブーン……ブーン……」

音が、また聞こえる。今度は、少し間隔を置いて、断続的に。まるで、電話が鳴っては切れ、また鳴っては切れるように。その度に、俺の心臓はドキンと跳ね上がる。全身の毛穴が開き、冷たい汗が背中を伝う。この音が、あの無言電話の正体なのか? こんな古びた給水塔の陰に、一体何が隠されているんだ? 誰かが、俺をここへ誘い出そうとしているのか? そんな馬鹿な。

給水塔の巨大な脚元に、ひときわ濃い影が落ちている場所があった。古いフェンスが錆びて、ところどころ朽ちている。その奥に、何か暗い塊が見える。工事用のシートでも被せてあるのか? いや、あれは……。目を凝らした。睡眠不足で視界がかすむ。

近づいてみると、それは給水塔の巨大なコンクリート製の台座の陰に隠れるように、古びた自動販売機が設置されていた。こんな場所に、こんな時間まで稼働しているなんて。普段は意識することもなかったが、よく見れば、給水塔の近くに、団地の住人向けの小さな休憩スペースがあり、その隅に置かれているのを思い出した。夜は完全に死角になっていたんだ。

「ブーン……」

その音は、自動販売機の内部から聞こえてくる。古びたコンプレッサーが、夜中に唸りを上げているのだ。時折、ファンが擦れるような「キィ」という高い音が混じる。それが、給水塔の金属製の構造に反響して、薄気味悪い低周波のうなりとして、俺の耳に届いていたのだ。まるで、誰かの携帯が、地面の下で震えているかのように。

「あ……自動販売機、か……」

俺は、思わず声に出して呟いた。全身の力が抜けて、その場にへたり込みそうになる。なんだ、こんなことだったのか。この一週間、俺の神経をすり減らし、睡眠を奪い去った正体が、こんな、ただの機械の異音だったとは。呆れて、苦笑いすら出てこない。

はは、と乾いた笑いが喉から漏れた。この一週間、俺は一体何を怖がっていたんだ? 無言電話の恐怖と、睡眠不足で鈍りきった頭が、こんなくだらない錯覚を生み出したのか。安堵したはずなのに、体の芯から疲労感が押し寄せてくる。もう、立っているのも辛い。早く家に帰って、せめて少しでも眠りたい。だが、また携帯が鳴るかもしれない。その恐怖が、まだ俺の心臓を締め付けている。本当に、うんざりだ。