
クソッ、寝苦しい夜だ。蒸し暑いのに、変な歌声のせいで余計にイライラする。どこから聞こえてくるのか、やたらと遠くからだらだらと流れてくる、意味不明な日本語の歌。歌詞は全然聞き取れないのに、やけに耳障りなんだ。なんでこんな深夜に、こんな気味の悪い歌を聴かされなきゃいけないんだ。頭の奥がジンジンする。マジで勘弁してくれよ。
気分転換に屋上に出てみたはいいけど、外に出てもまだ聞こえてくる。幻聴か? とも思ったけど、いや、違う。確かに外からだ。でも、こんな時間に屋上にいるのは俺だけのはず。誰もいないはずなのに、この歌声は何なんだよ。気持ち悪い。鳥肌が立つ。遠すぎて、誰が何を歌ってるのかも分からない。ただ、低く、ぼんやりと、耳にまとわりつくように響いてくる。
生ぬるい風がぶわっと吹き上がってきて、俺の髪をぐしゃぐしゃにする。最悪だ。その瞬間、フェンスの向こう側から、なんか「カサッ、カサッ」って、妙な音がした。いや、もっとこう、風で何かが擦れるような、微かな「シュッ、シュッ」って感じの音だ。なんだ? 今、何か動いたのか?
心臓がドクン、と大きく跳ねた。背筋に一気に冷たいものが走る。まさか、誰かいるのか? こんな深夜に、こんなとこに? いや、そんなはずはねえ。でも、あの音はなんだ? 風の音じゃなかった。確かに、誰かが忍び足で近づいてくるような、そんな感じの音だったんだ。
おいおいおい、マジかよ。足音か? 俺、今、足音聞いたのか?
体全体が鉛みたいに重くなって、動けねえ。胃のあたりがキュッと縮こまるのが分かる。呼吸が浅くなって、喉の奥がカラカラに乾いていく。足音、足音だ。間違いねえ。こっちに近づいてきてる。どうしよう。逃げなきゃ、でも、体が動かねえ。
また風が強く吹いた。同時に「シュッ、シュッ」って音が、今度はさっきよりもはっきりと聞こえた気がした。まるで、俺のすぐ後ろ、フェンスの向こう側から聞こえるみたいで、思わず身を固くした。マジでやばい。誰かいる。変な奴か? 幽霊か? もしかしたら、屋上から落ちて死んでいく奴とか、そういうのを見た奴が、今度は俺を…とか、そんなクソみたいな妄想が頭の中を駆け巡る。
もうだめだ。マジで吐きそう。このまま、ここで固まってたらどうなる? 首を絞められるのか? それとも、背中を押されて、そのまま落ちていくのか?
しかも、この期に及んで、あの気持ち悪い歌声がまだ聞こえてくる。頭の中がグチャグチャだ。なんでこんな時にまで、あのノイズを聞かなきゃいけねえんだよ。マジで、頭が割れそうだ。耳鳴りまでしてきた。
どれくらいの時間、そうやって固まっていたのか分からない。でも、もう我慢の限界だった。ゆっくりと、ほんの少しだけ視線を上げた。心臓はまだバクバク言ってるけど、少しだけ、体が動くような気がしたんだ。
そして、フェンスの上、少し高くなった石塀の隙間を覗き込んだ。暗闇に目が慣れてきて、ようやくそれが何なのか分かった。
「…は?」
そこにぶら下がっていたのは、小さなお札だった。ボロボロで、うっすらと墨で何か書かれているのが見える。風が吹くたびに、それがフェンスの錆びた金具に擦れて、「シュッ、シュッ」って音を立てていたんだ。まるで、誰かが忍び足で歩いているかのように聞こえたのは、ただの風と、俺の勝手な思い込みと、暗闇のせいだった。
なんだよ、それ。
なんだよ、俺。
力が抜けて、フェンスにずるずると寄りかかった。全身の筋肉が強張ってたせいで、急に弛緩した体ががくがく震える。汗がダラダラと流れて、気持ち悪い。
近くの神社が、どうとかって言ってたな、そういや。夜間にお祭り準備だか何だかで、境内に飾るものを、とりあえず屋上とかに仮置きしてる、とかなんとか。まさか、こんなところにまで置いてあるとは思わなかったけど。
はぁ、マジで馬鹿馬鹿しい。
安堵と、この状況への怒りが同時に込み上げてきて、俺はフェンスをドンドンと叩いた。クソッ。俺のこの恐怖は、いったい何だったんだよ。この不快感も、この頭痛も、全部。
そして、また聞こえてくる。あの、不快な歌声。
結局、何も解決してねえじゃねえか。この最悪な夜は、まだ終わってくれないらしい。