バレた?開かずの間の影、俺の秘密を指差す。

くそ、こんな時間に。深夜の旅館、軋む廊下をこっそり抜けて、俺は例の「開かずの間」の前に立っていた。カビと古い畳の匂いが鼻腔を突き刺す。誰もいないはずなのに、ひんやりとした空気の塊が、俺の顔にまとわりつくような不快感があった。胃の奥がむかむかする。あの秘密が、ここ数日ずっと俺の胃を蝕んでいる。誰かにバレたら、俺の人生は終わりだ。本当に終わりなんだ。

薄暗い部屋の引き戸をそっと開けた。埃が舞う。昔、ここの女将が言っていた。「この部屋には、誰もいないはずなのに人の気配がするって、よく聞くんです」。そんな怪談話、普段なら鼻で笑い飛ばすところだが、今の俺には、その「人の気配」が、まるで俺の秘密を知り尽くした誰かの視線のように感じられて、背筋がゾッとした。

窓際までふらふらと歩いていく。月明かりが、汚れたガラスの向こうでぼんやりと輝いていた。そのガラスに、何か黒い影が張り付いているのが見えた。なんだ、これ?最初はただの汚れかと思ったが、妙に形がはっきりしている。目を凝らすと、それはまるで……手形だった。人差し指と中指だけが、べったりとガラスに押し付けられたような形。親指と薬指、小指は影になって隠れている。薄暗い中で、その不自然な影が、まるで誰かの指紋みたいに生々しく浮き上がって見えたんだ。パレイドリアってやつか?でも、そんなことを考えていられるほど、俺の心臓は冷静じゃなかった。

心臓がドクン、ドクンと耳元で鳴り響く。全身から冷たい汗が噴き出した。指の影が、まるで俺を指差しているように見えた。誰かが俺の秘密を知って、ここに印を残したんじゃないか?そんな馬鹿げた妄想が、頭の中でぐるぐると渦巻く。息が詰まる。吐きそうだ。この部屋に、俺以外に誰かいるのか?俺の秘密を暴こうと、ここに潜んでいる奴がいるのか?

「誰だ…!」

俺は掠れた声で叫び、部屋中を血眼になって探し回った。古びた座椅子をひっくり返し、埃っぽい布団の山を蹴散らす。ガタガタと音を立てるたびに、自分の心臓の音がさらにうるさくなる。隅々まで探す。しかし、誰もいない。何もない。指の影は確かにあったのに、その正体が見つからない。焦れば焦るほど、この胃のむかつきが酷くなる。俺の秘密が、まるでこの部屋の隅に隠されているようで、見つけ出せない恐怖と、見つけられる恐怖が同時に襲いかかってくる。

その時、ガチャリ、と、唐突にドアの鍵が開く音がした。心臓が止まるかと思った。まさか、こんな時間に。

「すみません、こんな夜分に」

細い声がして、旅館の女将が顔を覗かせた。手に持ったスマホの明かりが、女将の疲れた顔をぼんやりと照らす。
「祭事の供物、置き忘れていないか確認に参りまして。明日の朝早くから、神社の方が来られるもので」
女将はそう言って、部屋の隅、使い古された毛布の山の下に埋もれるように転がっていた、黒い木彫りの塊に気づいた。それは、漆黒の、妙な形をした木彫りだった。

「ああ、これこれ。やっぱりここにありましたね。大事な邪気払いのお供え物でして」
女将はそれを拾い上げ、窓際に置かれた古ぼけた棚の、ちょうど視界の死角になるような奥に、そっと置いた。

その瞬間だった。
「あら、これ、影が」
女将がそう言って、少し木彫りの角度をずらした。

ガラスに映っていた手形が、ふわり、と形を変える。そして、俺が恐怖していた「手形」が、確かにその木彫りの影だったことが分かった。あの指のように見えたのは、木彫りの先端が特定の角度で光を遮っただけだったんだ。

脱力した。一気に全身の力が抜けて、その場にへたり込みそうになった。安堵と、馬鹿げた勘違いをした自分への情けなさで、乾いた笑いが込み上げてくる。
「すみません、こんなものに驚いてしまって」
俺は女将に作り笑いを向けた。

女将は「おやまあ、お若いのに、お茶目な方ですね」と笑いながら、部屋の電気を点けてくれた。煌々と照らされた部屋は、なんの変哲もない、ただの埃っぽい古い部屋だった。

しかし、俺の秘密は、この部屋の闇のように、まだ俺の心に重くのしかかっている。誰にも言えない。誰にも。この吐き気と、胸の奥の重苦しさは、結局、このままなんだ。こんなくだらない勘違いで一時的に恐怖が和らいだところで、俺の秘密がバレるかもしれないという不安は、ちっとも消えちゃいない。まったく、人生ってやつは、本当にろくでもない。