
もう何日飯が喉を通らないのか、自分でもわからない。ここ、山奥の古民家に来てからというもの、俺の胃袋は完全に機能を停止してしまっている。原因ははっきりしている。自室の隅っこに鎮座している、あの剥製のせいだ。
あれは、多分、狼か、いや、鷹かな。どっちでもいい。とにかく、そいつの目つきが、どうにも気持ち悪い光り方をするんだ。蛍光灯が半分壊れたみたいに、ぼんやりと青白い光を放っているように見える。実際にはただのガラス玉だろうに、妙にギラギラしていて、夜になると特にそう見える。なんだか、俺をずっと見張っているみたいで。
あの目を見た瞬間、胃がキュッと締め付けられて、吐き気がこみ上げてくる。食卓についても、目の端にあいつの姿がちらつく度に、口に入れたものが泥みたいに不味くなる。喉の奥に鉛玉でも詰まっているような感覚で、結局、ほとんど何も食べられずに席を立つ。もう何日もこんな調子だから、体は怠いし、頭はいつもぼーっとしている。ひょっとしたら、本当に俺、あの剥製の目つきに幻視して食欲喪失してるのかもしれない。冗談抜きで。
昨夜もそうだった。空腹なのに、何も食えない。結局、布団に潜り込んでも、胃のむかつきと頭の重さでなかなか寝付けない。ふと、窓の外に目をやったんだ。真っ暗な山肌の向こう、遠くの方に、チカチカと点滅する光が見えた。まるで壊れた街灯みたいに、不規則に、不安を煽るように明滅している。
その光を見るたびに、心臓がドクン、ドクンと鳴り響く。食欲不振で体力は落ちてるし、頭は冴えないし、完全に恐怖に支配されちまってる。あの光、なんだ? 誰か、こんな山奥で、こんな夜中に、何かやってるのか? 気になって仕方がない。あの光のせいで、あの剥製の目のせいで、俺はもうまともな判断ができない。こんな体調じゃ、まともに思考することもできないんだ。ただただ、気持ち悪い。
いてもたってもいられなくなって、俺は布団から這い出した。軋む床板を気にしながら、家の中を探し回る。あの光の正体を突き止めようと。台所の戸棚、物置の奥、父さんが置いていった古い段ボールの山。どこを探しても、不審なものは見当たらない。カビ臭い空気と、埃っぽい匂いが鼻につく。こんな夜中に、何やってるんだ、俺は。吐き気がする。
そうこうしているうちに、深夜になった。すると、突然、家の外から微かな音が聞こえてきた。ズズズ……という、低い振動音。何かが地面を這うような、あるいは、古い機械が唸るような、不気味な音だ。音は途切れたり、また微かに響いたりする。まさか、あの点滅する光と関係があるのか? 不安が極限まで高まる。あの目つきが、脳裏にちらつく。あいつのせいだ。あの気持ち悪い目つきのせいで、俺はここまで追い詰められている。もう、本当に何も食えない。口の中が粘ついて、胃液が逆流しそうだ。
結局、一晩中、あの振動音と点滅する光に怯えながら、ほとんど眠れずに朝を迎えた。
ぼんやりした頭で、再び窓を開けて外を見る。点滅する光は、まだ続いている。本当に、何なんだ、あれは? 吐き気で体がふらつく。
その時だ。ふと、俺は自分の部屋の剥製に視線を向けた。夜の間、ずっと俺を怯えさせていたあの不気味な目つきの剥製に。そして、気づいた。
剥製の、ちょうど背中のあたり。埃まみれの毛皮の奥、わずかな隙間から、チカチカと光が漏れている。まさか、と剥製に近づき、背中を覗き込む。古い木製の台座と剥製の胴体の隙間、ちょうど壁側に向いていたせいで見えなかったその死角に、小さな電球が埋め込まれていた。しかも、電池式のやつだ。おそらく、故人の趣味で仕込まれたものだろう。古い単三電池が二本、かろうじて繋がっていて、それが切れかかっているせいで、不規則に点滅していたのだ。
ああ、そうか。あの剥製は、この家に昔からあったものだ。前の住人、つまり俺の祖父が、趣味で作っていたらしい。山奥に運び込むのも大変だったろうに、そのまま放置されていた。そして、俺は、その存在をすっかり忘れていた。まさか、剥製の背中に電球が仕込まれているなんて、思いもしなかった。
なんだ、これ。俺は、ずっと、この剥製に怯えていたのか。そして、あの遠くに見える街灯のような光も、全部これだったのか。あの振動音も、きっとこの電球の接触不良か、あるいは古くなった電池のせいだったのだろう。
なんだか、力が抜けた。笑い飛ばしたいのに、笑えない。食欲不振と睡眠不足で、頭は重いし、胃のむかつきも治まっていない。結局、俺はあの剥製の目つきに幻視して食欲喪失していたのだ。この数日間の吐き気と、まともに食事ができなかった日々は、全部、俺の勘違いと、あの薄気味悪い剥製のせいだった。まったく、何があったんだ、俺は。
とはいえ、原因が分かったところで、あの剥製の目つきが俺の食欲を奪うことに変わりはない。今も、あのガラス玉が俺を見ているように感じて、胃がひっくり返りそうだ。もう、本当に、何も食えない。