幽霊屋敷、GPSと止まぬ息

X月X日:始まり

夜遅く、スマートスピーカーから微かな音が聞こえてきました。
まるで、すぐ近くで「誰かの息遣い」がしているようです。

耳を澄ませてみても、それが何なのかは判然としません。
まさか、こんな時間に。

スマートフォンでGPSアプリを開くと、画面には「あなたは現在、幽霊屋敷の中にいます」という、およそ信じがたい表示が出ています。
これが「GPSの誤作動」だと信じたいのですが、胸の奥がざわめき始めました。

ただの機械の不具合と分かっていても、得体の知れない恐怖が背筋を這い上がります。
そして、あの息遣いのような音が、少しずつ、こちらに近づいてきているかのように感じられ、心臓が大きく高鳴りました。

X月Y日:違和感

今夜もまた、あの音が聞こえ始めた。
雨音が窓を叩く中、かすかな「誰かの息遣い」が、はっきりと耳に届く。
ワシの心臓は、まるで太鼓のように鳴り響く。

スマートスピーカーが突然、意味不明な「独り言」を話し始めたのも、この恐怖を煽る。
「外気温は急激に低下しています。温かい飲み物で体を温めてください。」
こんな時に、なぜ。

冷たい窓ガラスの向こうから、何かが這いずるような、奇妙な音がする。
ワシは息をひそめて耳を澄ませた。
それは確かに、ワシのいる部屋へと、ゆっくりと、しかし確実に近づいているように感じられた。
全身に鳥肌が立ち、不安と焦燥で頭の中がぐるぐると回り始めた。

X月Z日:限界

もうだめだ。
一晩中、あの音がワシを追い詰める。
冷たい窓ガラスのすぐそばで、「誰かの息遣い」が、すぐそこに。
ワシは布団の中で体を丸め、震えが止まらない。

GPSアプリを開くと、またしても「幽霊屋敷」の表示。
なぜこんなところにワシがいるのだ。
もう、ここから逃げ出したい。
夜が、こんなに長く感じられたことはない。
息遣いは、もうワシのすぐそばにいる。

朝が来るのを、ただひたすら待った。
そして、夜が明けた。

スマートスピーカーから、いつものように天気予報が流れ出す。
「おはようございます。今夜の雨で外気が冷たくなっているため、室内の呼吸音が大きく聞こえることがあります。」

ワシは、その言葉に、はっとした。
あの息遣いは、ワシ自身の呼吸音だったのか?
そして、GPSアプリの地図を改めて確認すると、ワシの家が示しているのは、近所の古びた霊園の敷地内だった。
最近、散歩でよく通る、あの道だ。

窓ガラスのそばには、カタツムリが一匹、ゆっくりと這いずっていた。
昨夜聞こえた、あの這いずるような音。
すべてが、ワシの早とちりだった。

追記:発見者のメモ

この日記は、石川ハナさんの自宅の bedside table から発見された。
読み進めるうちに、孫である私は、祖母が「GPSの誤作動」と「スマートスピーカーの独り言」、そして冷たい窓ガラスから室内へ侵入したカタツムリの「這いずる音」を、恐ろしい「誰かの息遣い」と勘違いしていたことに気づいた。

最初は丁寧だった文字が、日付が進むにつれて乱れ、恐怖と焦燥が滲み出ている。
祖母が抱いた精神的な恐怖は、日記の行間からひしひしと伝わってきた。
新しい技術への戸惑いと、高齢ゆえの些細な勘違いが、こんなにも恐ろしい夜を生み出すとは。
そのシュールな真相と、祖母の真剣な恐怖とのギャップに、私はただ呆然とするばかりだった。