
FILE_01: 取材開始
インタビュアー:藤井さん、本日はお時間をいただきありがとうございます。この歴史ある旅館で、梅さんの体験されたお話を伺えるとのこと、大変光栄です。
藤井梅:ああ、そうかい。わざわざこんな古びた場所まで。ま、ワシも久しぶりに話す相手ができて嬉しいよ。ただ最近は、少しばかり…妙なことがあってね。
インタビュアー:妙なこと、ですか? それは一体…?
藤井梅:そう、昨日の夕暮れ時だったか。この壁に、見慣れないものが浮き出てきたんだ。まるで子供が描いたような、意味の分からない絵文字みたいなのが。
インタビュアー:絵文字ですか? この年代物の壁に、ですか…? それはまた、奇妙な。何か、心当たりは?
藤井梅:いや、それが全く。だからワシは、ひょっとして、昔ここで働いてたあの従業員が、帰ってきたんじゃないかと…思ってしまってね。
インタビュアー:(インタビュアー、視線を壁に走らせる。古びた壁の一部に、確かに不自然な、現代的な図形が薄く浮かび上がっているように見える。気のせいだろうか…)
FILE_02: 核心
インタビュアー:あの、梅さん。その「昔働いていた方」というのは、もしかして…亡くなられた方のお話でしょうか?
藤井梅:ああ、そうだよ。もうずいぶん前の話だがね。それに、それだけじゃないんだ。この天井を見てくれ。
藤井梅:この天井のシミ、だんだん広がってきてるのが分かるかい? 夜になると、時々、ポタポタと水滴が落ちるような音が聞こえるんだ。それが妙に、生々しくてね。まるで、天井の向こうから、何かがこちらを覗いているような…そんな気がして、夜もなかなか寝付けないんだよ。
インタビュアー:(インタビュアー、天井を見上げる。薄暗い照明の下、確かに天井の隅に、じわりと広がる不気味な薄茶色のシミが見える。水漏れだろうか、それとも…)梅さん、それは、本当に幽霊の仕業だとお考えで…? 水漏れなどの、もっと現実的な原因は…?
藤井梅:現実的、かねえ。ワシも最初はそう思ったよ。でもね、ワシの勘というものは、こういう時によく当たるんだ。これはきっと、あの世からの知らせだよ。ワシに何かを伝えようとしている。そうとしか思えんのだ。
FILE_03: 異変発生
インタビュアー:梅さんの気持ちは理解できます。しかし、もし本当に何らかの問題があるのなら、専門家に見てもらった方が良いのでは…?
藤井梅:専門家、ねえ。この旅館はワシが守ってきたんだ。そんなよそ様の手に委ねる前に、ワシ自身が確かめねばならんことがある。特に、あそこだ。
藤井梅:ほら、この奥にある、昔から旅館の開かずの間と呼ばれてる部屋。最近、あの部屋から、妙な音が聞こえるんだ。ドスン、とか、ゴトン、とか…まるで誰かが中にいるかのような。
インタビュアー:開かずの間…ですか? そして、物音が? 今も、何か聞こえませんか…?
(インタビュアーが耳を澄ますと、確かに奥から微かに、何かを叩くような、引きずるような音が聞こえてくるような気がする。)
藤井梅:ほら、聞こえるだろう? ワシの耳鳴りかと思ったが、どうやら違うようだ。やはり、あの中に…
(その時、奥の部屋から、ガタン!と、金属がぶつかるような、かなり大きな音が響いた。空気が一瞬震える。)
インタビュアー:うわっ! 今、変な音がしませんでしたか!? かなり大きく…!
藤井梅:…なんだい、今の音は。幽霊さんにしては、ずいぶん乱暴な真似をするもんだねえ…
インタビュアー:梅さん、これは…一度、この取材は中断した方が良いかもしれません。もし本当に誰かいるのなら、危険な可能性も…!
藤井梅:何を言うか。ここまで来て、引き返すわけにはいかん。ワシは、確かめたいんだよ…
録音終了
(録音はここで一時中断された。その後、インタビュアーは梅さんの制止を振り切り、奥の「開かずの間」へ向かったと記録されている。部屋の扉は固く閉ざされており、中からは依然として物音が続いていたという。)
(後日、この取材の件について、近隣住民から情報が得られた。旅館の開かずの間で物音を立てていたのは、梅さんの耳鳴りを心配した近所の老人(山田さん、80代)だった。山田さんは、梅さんが一人で心細がっていると思い、善意で、長年放置されていた部屋の古い浴槽を修理しようと試みていたとのこと。その作業中に水栓をいじったことで水漏れが発生し、天井にシミが広がった。音は浴槽の取り外し作業によるものだった。)
(また、壁の落書きについては、梅さんの孫(小学2年生)が遊びに来た際、梅さんの古いスマートフォンに子供用の絵文字アプリを誤ってダウンロードし、それが画面の不具合で壁紙のように表示されていたことが判明した。)
(梅さんはこの真相を聞かされ、最初は呆然としていたが、やがて顔をくしゃくしゃにして笑い出した。「幽霊かと思ったら、元気な老人と孫の仕業とはね。ワシもまだまだ、現役でいられるってことかねえ」と、朗らかに語っていたという。)
(録音テープは、梅さんの笑い声と、インタビュアーの安堵の息遣いを最後に、途切れている。)