非常階段で、焦げる私

最悪だ。本当に最悪。何がどうなって、こんな薄暗い非常階段に迷い込んでるんだか。古いビルの非常階段なんて、普段使うことないのに。薄汚れたコンクリートの壁と、鉄骨の手すり。どこもかしこも埃っぽい。さっきから同じ階をぐるぐる回ってる気がする。

おまけに、これだ。下腹部が、なんだか変な感じ。じわじわと、嫌な重さが広がる。ああ、やっぱり。来た。よりにもよってこんな時に。ナプキン、持ってきてない。だって、まだのはずだったのに。なんでこんな急に? 冷や汗が背中を伝う。胃のあたりもムカムカしてきた。生理痛特有の、あの全身がだるくなる感じ。頭がぼーっとして、思考が全然まとまらない。早くここから出たいのに、足が重い。

階段を一段降りるたびに、嫌な予感が現実味を帯びてくる。ああ、もう絶対漏れてる。漏れてる気がする。このジメッとした気持ち悪さ、本当に勘弁してほしい。

その時だ。鼻の奥をツンと刺激する、変な匂い。なんだこれ。どこか遠くで、焦げ付くような、プラスチックが溶けるような、電気っぽい匂い。まさか、火事? いやいや、こんな深夜に。誰もいないはずのビルで。

頭がガンガンする。生理のせいで、ただでさえ集中力がないのに、この匂いまで。まさか、気分が悪いから変な匂いを感じてるだけじゃないよね?いや、違う。ちゃんと、ここに、この空間に、その匂いは漂ってる。

階段を下りるたびに、匂いが少しずつ強くなる気がする。焦げ臭い。でも、煙は見えない。だとしたら、何が焦げてるんだ?この薄暗い非常階段のどこかに、火元があるってこと?

足早に階段を駆け下りようとするけど、下腹部の鈍痛が邪魔をする。ああ、もう!なんでこんな時に!漏れてるかもって不安と、火事かもしれないって恐怖で、もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。こんな状況で、冷静になんてなれるわけない。

壁に手をついて、少しでも早く出口を探す。この建物、警備員がいるはずなのに、なんで誰もいないんだ?こんな時間だから、巡回中なのか?それとも、まさか、この匂い、私しか感じてない?

壁と手すりの隙間、配管の影に、不自然な黒い塊が目に留まった。薄暗い中に目が慣れてきて、やっとその形が見えてきた。そこだけ、やけに匂いが強い。焦げ付く匂いと、微かな「ブーン」というモーターの唸るような振動音。

恐る恐る、手を伸ばす。熱い。触れた指先が熱くて、思わず引っ込めた。目を凝らしてよく見ると、コンクリートの壁に、一つだけ剥き出しのコンセントがあった。工事用の仮設電源か、清掃員が使うやつか、とにかくそこに繋がっている。

そして、そのすぐそば、壁と手すりの狭い隙間に、それはあった。充電中の、古いタイプの電気シェーバーだ。モーターが熱を持ちすぎて、プラスチックの筐体が少し溶けているのか、そこから焦げ付くような、化学的な匂いが立ち上っていた。

な、なんだ…シェーバーかよ。

脱力感が全身を襲う。心臓がドクドクうるさい。火事じゃなかったんだ。よかった。でも、この安堵感と一緒に、どっと疲れが押し寄せてきた。生理痛のせいで頭はぼーっとするし、下腹部は鉛みたいに重い。このシェーバー、警備員の忘れ物か?こんな深夜まで充電しっぱなしで、そりゃ熱も持つわな。

安堵と疲労、そして生理痛で朦朧とする頭で、やっと非常階段の出口を見つけた。重い鉄の扉を開けると、そこはビルの裏口だった。

もう、ぐったりだ。早く家に帰って、シャワーを浴びて、暖かいお茶でも飲んで、すぐにでも寝たい。もちろん、その前にコンビニでナプキンを買わないと。今日のことは、もう忘れよう。最悪な夜だったけど、火事じゃなくて本当によかった。ほんと、冗談じゃないよ。