能面が嗤う、私の顔

X月X日:始まり

アトリエで新しい狐の面を作り終え、自宅に戻った夜のことです。
ふと鏡に目をやると、そこに映る私の顔が、まるで幽玄な狐の面そのものに見えました。
自分の顔なのに、どこか見慣れない、薄気味悪い表情をしています。

そして、首筋にはいつの間にか赤い線が浮き出ていました。
指でなぞっても、どれだけ擦っても、消えない傷です。
ただの肌荒れでしょうか。
いえ、そうではない気がする。
何かが、おかしい。

部屋の壁に飾ってある能面が、視界の隅で微かに揺れたような気がしました。
気のせいでしょうか。
疲れているのかもしれません。
けれど、胸の奥に、ざわめくような不安が芽生えてきました。

X月Y日:違和感

あの能面が、また動きました。
今度ははっきりと、です。
昨日とは違う、もっと明確な意思を持って。
まるで、部屋のどこかに隠れている誰かが、私を操る人形使いのように、能面を動かしているかのようです。

鏡を見るたび、あの狐の面のような顔が私を睨みつけます。
自分の顔なのに、まるで別人の、悪意に満ちた表情に見える。
全身が冷たくなり、夜中に何度も目が覚めてしまいます。

首の消えない傷も、日ごとに鮮明になっている気がして、指が触れるたびにぞっとする。
これは、ただの疲労ではない。
何かが、私に取り憑いているのでしょうか。
眠りにつくのが、怖くてたまらない。

X月Z日:限界

もう、限界だ。
能面が、私を嘲笑っている。
壁から滑り落ち、床を這うように、じりじりと距離を詰めてくる。
その空っぽの眼窩が、私をどこまでも追いかける。

鏡に映る私の顔は、完全に狐の面と化している。
血走った目で、口元は不気味に歪み、私を嘲笑う。
もう、どちらが私なのか、わからなくなってしまった。
この顔のせいだ。
この顔が、私を狂わせる。

首の消えない傷も、熱を持っている。
内側から、何かが私を蝕んでいるような感覚。
体が震え、呼吸が浅くなる。
誰か、助けて。
もう、この家から逃げ出したい。
逃げなければ。

追記:発見者のメモ

この日記は、アニメーション作家の伊藤久美子さん(27歳)のアトリエで発見されたものです。
彼女は、アトリエで制作した狐の面を使って自分撮りをしており、首に残ったマスキングテープの跡を「消えない傷」と勘違いしていたようです。
また、鏡に映る自分の表情が怖くなり、衝動的に能面を取ろうとした際に、偶然触れたテレビリモコンが、録画中の自分撮り映像を再生しただけだったことが判明しました。
久美子さんは、その映像を能面が動き、自分を追いかけているものだと誤認したようです。
幸い、彼女は無事保護されました。