廃病院、樹海、笑い声

X月X日:始まり

今日の帰宅途中。
また、あの奇妙な笑い声が耳に届きました。

風に乗って、遠くの樹海から聞こえてくるその音は、まるでどこか別の世界から響くかのようです。
背筋に冷たいものが這い上がり、全身の毛が逆立つ感覚に襲われます。

この道、廃病院の脇を通るたびに、私はその不気味な笑い声に怯えてきました。
子供の頃、何度も見た悪夢が、鮮やかに脳裏をよぎります。
どうして、こんなにも心がざわつくのでしょう。

X月Y日:違和感

最近になって、笑い声は夜だけではなく、昼間にも聞こえるようになりました。
樹海の奥からは、あの不穏な音が、まるで私を呼ぶかのように、日ごとに増している気がします。

周囲の風景までもが、薄暗く、陰鬱に見えるようになりました。
廃病院の古い壁に、誰かの視線を感じるような錯覚に陥ります。

逃げ出したい衝動を必死で抑えながら、私は震える足でその場所を通り過ぎるばかりです。
このままでは、私の精神がもたない。

X月Z日:限界

今日もまた、あの笑い声が聞こえた。
もう、駄目だ。
私の頭がおかしくなってしまう。

だが、今度は違った。
どこか、もっと近くから。
樹海ではなく、近所の公園。

公園で自転車から転んだ子供が、「あはは」と笑っている。
その声が、風に乗って、ここまで届いている。
ああ、なんてことだ。
私は、一体何を……。

追記:発見者のメモ

この日記は、石井一郎氏が残したものである。
彼が記した「笑い声」について、後日談として本人が語ったところによると、あの奇妙な音が聞こえ始めてから数日後、近所の公園で自転車を倒した自分の息子が「あはは」と笑う声が、風に乗って遠くまで響き渡っていたという。
それが、彼が聞き続けていた「笑い声」の正体だった。

それ以来、石井氏はその笑い声を聞くたびに、心地よい安堵を覚えるようになったそうだ。