深夜の地下通路、冷蔵庫が鳴らす死の予感

深夜の足音

ああ、まただ。この、じめっとした地下通路。夜勤明けの体には、鉛を巻きつけたみたいに重い。もうすぐ50代も半ば、こんな時間に一人で歩くなんて、本当はもう無理なんだ。膝が軋む。腰も痛い。さっきから胃のあたりがムカムカして、吐き気が込み上げてくる。これも更年期ってやつ? それとも、あの音のせい?

数日前からだ。この通路を通るたびに、遠くから、何かが引きずられるような、不規則な「トントン……ドサッ……」みたいな音が聞こえる。最初は気のせいかと思った。地下だから、どこかの配管の音か、換気扇の唸りか、そう自分に言い聞かせた。でも違う。違うんだ。あれは、もっと生々しい。まるで、誰かが何かを運んでいる、いや、引きずっているような……そんな生ぬるい音じゃない。

あの時のことだ。もう何年前になるだろう。あれは確か、梅雨の真っ最中だった。あのひどい交通事故。トラックが横転して、土砂が押し寄せてくるような、地を這うような、あの「ゴオオオオオ」という音。耳の奥にこびりついて離れない、あの死の予感に満ちた音が、今、この地下通路の薄暗闇と、この不規則な音と、やけに重なって聞こえる。吐きそうだ。心臓がドクドクと、耳鳴りのように煩い。

また聞こえた。「トントン……」。今度は少し近づいたような、気もする。いや、遠ざかった? どこから来るのか、さっぱり分からない。この閉鎖された空間で、音が反響して、どこからともなく迫ってくるような錯覚に陥る。息が苦しい。あの時もそうだった。トラックのタイヤがアスファルトを削る音、金属が軋む音、そして、何かが私のすぐそばに迫ってくる、あの「ブツブツブツ」という嫌な音。それが、私の目の前で、巨大な鉄の塊となって、横転したんだ。あの時の、砂と土と、そして血の匂い。思い出してしまえば、もうダメだ。背筋がゾワゾワする。

視線を固定する。通路の奥、非常口の近くに、大きな箱が置いてある。フリマアプリで買った小型冷蔵庫、今日届くって言ってたっけ。でも、まさかこんなところに……? それが、不気味な影を落として、まるで何か、大きな生き物がそこに座り込んでいるみたいに見える。照明が薄暗いせいだ。きっとそうだ。でも、もし、あれが……? いや、まさか。

「トントン……ドサッ」。今度は、箱の方から、はっきりと音がした。心臓が喉まで飛び出してきそうだ。体が震える。足が勝手に止まってしまう。動けない。もう、あの時のように、全てがスローモーションに見える。あの横転するトラックのタイヤが、目の前でゆっくりと、でも確実に迫ってくる、あの恐怖。あの時、私はただ、見つめることしかできなかった。今もそうだ。足が、鉛のように重い。

その時だ。突然、通路の奥から、くたびれた作業着の男が一人、ヌッと現れた。スーパーの夜間搬入の業者だろうか。彼は迷うことなく、あの箱に近づいていく。そして、何のためらいもなく、箱の側面にあるコードを引き抜いた。ブツッと、小さな音が聞こえた、ような気がした。

するとどうだ。あの、不規則な「トントン……ドサッ」という音が、ピタリと止んだ。

男は、ぶつぶつ独り言を言いながら、箱をガラガラと引きずって、通路の奥へと消えていった。

え……?

冷蔵庫? あの音は、あの箱から?

ゆっくりと、私の頭が現実に戻ってくる。そうか、フリマアプリで買った小型冷蔵庫。きっと電源が入ったまま、ここに置かれていたんだ。安物だから、コンプレッサーの振動が大きかったのかもしれない。冷却液が循環する音が、ゴポゴポ、ピチャピチャと、薄暗い地下通路で反響して、風の音や換気扇の低い唸りと混じり合って、私には「足音」や「何かを引きずる音」のように聞こえていたんだ。電源が抜かれて、音が止まった。

私はその場で、へたり込みそうになった。膝の力が抜ける。ああ、また、これだ。あの時のトラウマが、こんなにも私を支配している。ちょっとした物音、影、それだけで、私の心はあの瞬間に引き戻されてしまう。胃のむかつきが治まらない。冷や汗が、背中をツーッと伝う。

はは……。

乾いた笑いが、喉から漏れた。安物の冷蔵庫の稼働音が、私をこんなにも追い詰めていたなんて。馬鹿みたいだ。本当に馬鹿みたいだ。

深呼吸する。肺の奥まで、澱んだ地下の空気を吸い込む。冷たい。震える手で、顔を覆った。もう、こんな思いはしたくない。次からは、もっと冷静に、もっと落ち着いて対処しよう。そう、心に誓う。

でも、本当にそうできるだろうか? この、いつまでも消えない、心の奥底にこびりついた、あの時の「ゴオオオオオ」という音が、またいつ、何かの形で私を襲ってくるのか。

足を引きずるように、私は薄暗い通路を後にした。まだ、体の震えが止まらない。胃のあたりが、ずっと、ムカムカしている。