着信ナシ。真夜中の「ジリッ」

深夜2時。胃のあたりが、ずっと鉛みたいに重い。シフト終わりの体が、もう限界だと悲鳴を上げている。都心の高速道路を抜けて、料金所のブースにたどり着く。いつもなら、もう少しマシな時間帯に帰れるはずなのに、今日はまたトラブル続きで、結局この時間だ。ヘッドライトの光が、くすんだコンクリートを白く照らす。誰もいない。車一台通らない。この静けさが、逆に神経を逆撫でする。疲れていると、些細な音でもやけに響くし、光もチカチカと目に刺さるんだ。

ああ、もう嫌だ。頭の奥がズキズキする。耳の奥もキーンと鳴っていて、それがずっと途切れない。最近、ちょっとした物音にも過敏になって、隣の部屋の水道の音でさえ心臓が跳ねる。おかげで寝不足が慢性化して、いつも頭がボーっとしている。この料金所は、いつもはもう少し人の気配があるんだけど、今日は本当の本当に誰もいない。妙に肌寒い。

その時だった。

遠くから、微かに「ジリッ」という、乾いた電子音が聞こえた。一瞬、心臓が跳ね上がった。反射的に右ポケットに手を突っ込む。スマホだ。こんな時間に、一体誰から? 急いで取り出して画面を見る。

「着信ナシ」。

……は?

目を凝らしても、何も表示されていない。ただの真っ暗な画面が、私の顔を映し返しているだけだ。おかしいな、確かに聞こえたのに。あの、耳の奥にまとわりつくような、嫌な電子音。

その直後、視界の隅で、赤い光がチカッと瞬いて、すぐに消えた。料金所の向こう、遠くのビルの影のさらに奥の方。なんだ? 一瞬の出来事すぎて、それが何だったのかもわからない。疲れてるから、幻覚でも見たのか? それとも、ただの気のせい? そう思うと、余計に胃のあたりがムカムカする。吐きそうだ。

まただ。「ジリッ」……。

さっきよりも、少しだけはっきり聞こえた気がする。いや、聞こえた。確かに。スマホを確認する。やっぱり「着信ナシ」。
その音と同時に、また、あの赤い光がチカッと瞬いた。今度は少し長かった気がする。気のせい?
心臓がドクドクと不規則なリズムを刻み始めた。さっきの耳鳴りと重なって、頭の中がぐちゃぐちゃになる。これは、もしかして……。

まさか。こんな真夜中の料金所で。一人ぼっちのこんな場所で。

幽霊、とか……?

そんな馬鹿な。私は別に、そういうの信じるタイプじゃない。でも、説明がつかないことが目の前で起こると、人間って簡単に信じちゃうんだよな。いやだ、本当にいやだ。早くここから立ち去りたい。なのに、足がすくんで、アクセルを踏む気になれない。

「ジリッ」……チカッ。

「着信ナシ」。

「ジリッ」……チカッ。

「着信ナシ」。

繰り返されるたびに、体の内側から、冷たいものが這い上がってくるような気がする。背筋がゾワゾワする。喉の奥がカラカラに乾いて、唾を飲み込むのも億劫だ。
最近、こんな些細な音でさえ、体が勝手に反応してしまう。もう、本当に疲れた。誰かに相談しても、みんな「気にしすぎだよ」って笑うだけだ。でも、私には、この音が、光が、異常に感じられる。このままじゃ、本当に頭がおかしくなっちゃう。

呼吸が浅くなる。冷や汗が、額からこめかみに伝うのがわかる。
もう一度、大きく息を吸い込む。吐き出す。
落ち着け。落ち着け、私。

その時、遠くの闇の奥から、今までとは比べ物にならないくらい強烈な光が、何度も点滅し始めた。
チカ、チカ、チカ……。
今まで、高架道路や建物の影に遮られていたのか、それとも、たまたま工事現場の機材が移動して視界が開けたのか。
赤い閃光が、料金所のコンクリートの壁に、一瞬だけ影を投げかける。

「あれ……? 赤い点滅灯……?」

目を凝らす。
そうか。あれは、工事現場の点滅灯だ。
料金所のずっと奥、高架道路の裏側で、ずっと夜間工事が行われていたのを思い出した。たしか、この前通った時も、重機の音が微かに聞こえていたっけ。
あの赤い点滅灯が、仮設電源に繋がれて、チカチカと光っていたんだ。そして、その点滅灯の接触不良か、あるいは制御基盤の電気ノイズか。それが、あの「ジリッ」という音の原因だったんだ。

遠くから見えていたのは、工事現場の建物の隙間から漏れてくる、ごく小さな光の点だったんだ。だから、スマホの着信LEDと錯覚した。
そして、その光が瞬くタイミングと、点滅灯から漏れる電子音のタイミングが、偶然にも一致していた。

ああ、なんだ。なんだ、これ。
力が、一気に抜けていく。シートに、ドサッと体が沈み込んだ。
幽霊でもなんでもなかった。ただの、私の勘違い。
あまりの脱力感に、胃のむかつきがさらに酷くなる。
本当に、疲れてるんだな、私。
こんなことで、こんなに恐怖を感じて。
深夜の異物音への過敏反応、もういい加減にしてほしい。本当に。
アクセルを踏み込む。料金所を抜け、私はふらふらと、家路を急いだ。
早く、家に帰って、ベッドに潜り込みたい。
耳の奥で、まだ「ジリジリ」と、何かの音が聞こえているような気がした。