止まらないのは、私か、声か

もう、いい加減にしてほしい。深夜2時半。隣の部屋から聞こえる我が子の泣き声は、一向に止む気配がない。いつからだろう、こんなにずっと泣き続けているのは。もう耳の奥がジンジンして、頭のてっぺんから足の先まで、全身の神経が擦り切れていくのがわかる。まるで、劣化した電池が無理やり放電されているかのような、そんな不快な振動が脳を直接揺らしているみたいだ。

「ああ、もう……」

うめき声が漏れる。抱き上げて、ミルクをあげて、オムツも替えた。背中をトントンしても、子守唄を歌っても、何をしても無駄だった。まるで、この世の終わりのように泣き叫び続ける我が子に、私はもう何もしてやれない。ただ、この絶望的な音の洪水に、身を任せるしかないのか。

そんな時だった。耳障りな泣き声の合間を縫って、妙な音が聞こえ始めたのは。最初は気のせいかと思った。疲労で幻聴でも聞こえているのだろうと。でも、違う。それは確かに、隣の部屋の泣き声とは別の、全く質の違う音だった。

「キィィィィン…」

甲高い金属音にも似た、不規則な振動音。それに混じって、ごく微かに「チリチリ」という、電気的なスパーク音のようなものが聞こえる。脳が警鐘を鳴らす。これは、ただの幻聴じゃない。

音の出どころは、リビングの隅に積みっぱなしになっている段ボール箱の山だ。フリマアプリでまとめて購入した、ガラクタ同然の古道具たち。いつか時間がある時に整理しようと、ダンボールに入れたまま放置してあった。そのうちの一つから、音と、そして微かな光が漏れている。

「何よ、これ…」

目を凝らすと、ダンボールの隙間から、ぼんやりとだが脈打つような白い光が漏れ出しているのがわかる。光は不規則に明滅していて、まるで何かが内部で苦しんでいるかのようだ。その光と、奇妙な振動音が、疲弊しきった私の脳には、まるで遠くで泣き叫ぶ別の子供の姿と重なって見えた。いや、違う。子供の泣き声はもっと生々しく、鼓膜を直接叩く。この音は、もっと乾いていて、無機質だ。それが余計に不気味で、生理的な不快感を煽る。

自分の子供の泣き声は、まだ止まらない。喉が枯れ切るまで泣く気なのだろうか。私の精神も、もう枯れ果てそうだ。耳の奥では、まるで虫が這い回っているかのような、低く不快な耳鳴りが続いている。

その時、ダンボール箱からの異音がピタリと止んだ。

「……っ」

思わず息をのむ。静寂。だが、それも束の間。数秒の沈黙の後、今度は先ほどよりも激しい「ブブブブブッ!」という、モーターが空回りするような振動音と、断続的な「パチッ、パチッ」というスパーク音が響き渡った。光も、より一層激しく点滅している。

「なんなのよ、もう!」

頭が痛い。吐き気がする。この、自分の子供の泣き声と、謎の電子音のダブルパンチは、もう私の理性の限界を超えていた。私は音源を特定しようと、リビングの中を必死に探し回った。しかし、音はどこからともなく響いてくる。段ボール箱の山から聞こえるのは確かなのに、どの箱からなのかが特定できない。家具の影、積み重なった雑誌の裏、テレビ台の隙間……どこを探しても見つからない。まるで音が私をからかっているかのように、逃げ回っているかのようだ。

「どこなのよ!出てきなさいよ!」

半狂乱になりながら、私はリビングの隅、他の荷物に埋もれるようにして放置されていた、あの古道具のダンボール箱に再び目を向けた。他の箱よりも一回り大きく、いかにも不気味なオーラを放っている気がした。

意を決して、箱の側面を乱暴に引っ掻くように開けた。中には、埃を被った古い時計や、錆びたブリキのおもちゃなど、どうしようもないガラクタが詰め込まれている。それらを掻き分け、奥底を覗き込んだその時だった。

「あっ……」

見つけた。古道具のガラクタの下敷きになって、薄暗い箱の底で、小さな光を放ち、不規則な振動音を立てている物体が。それは、手のひらサイズのモバイルバッテリーだった。そして、そのモバイルバッテリーには、見るからに古びた携帯電話がケーブルで繋がれて充電されていた。バッテリーは劣化しているのか、パンパンに膨らんでいて、そこから発せられる「ブブブブッ!」という振動音が、箱の中で反響して、まるで子供が泣いているかのように聞こえていたのだ。画面が点滅し、基盤がショート寸前なのか、チリチリと微かにスパークする音がする。

「なによ、これ……」

私は呆然と呟いた。フリマアプリでまとめて買った中に、こんなものが混じっていたなんて。しかも、モバイルバッテリーが、何かの拍子に箱の中で勝手に起動し、古い携帯電話を充電しようとしていたのだ。電源はどこから取られているのか、なんて野暮な話じゃない。モバイルバッテリーそのものが、充電源だったのだ。

脱力感が全身を襲う。あの、不気味な泣き声のような音の正体が、こんなにも現実的で、そしてつまらないものだったなんて。安堵と、怒りと、そして何よりも虚脱感に襲われた。

私は、箱の中からそのモバイルバッテリーと携帯電話を乱暴に掴み出し、そのままゴミ箱に放り込んだ。静寂が、リビングに訪れる。

だが、それも束の間。隣の部屋から、またしてもあの絶望的な泣き声が、響き渡る。

「うわああああああああん!!!」

ああ、もう。本当に、いい加減にしてほしい。今度は、幻聴なんかじゃない。本物の、私の子供の、止まらない泣き声だ。