
くそ、まただ。この胸の奥底から込み上げてくる妙な焦燥感。まるで誰かに見られているような、そんな不快な感覚が、最近じゃもう日常の一部になりつつある。四十を過ぎてからというもの、体の節々はガタがきて、頭の中まで錆びついたかのように、同じ妄想がぐるぐると渦巻いている。この辺りにマネキン工場があるって聞いてから、さらに悪化した。あいつらの、あの無機質な、しかしやけに人間くさい眼差しが、どこからでも俺を追ってくるような気がしてならない。
今日もまた、その目から逃れたくて、深夜の田んぼのあぜ道を当て所なく歩いていた。湿った空気が纏わりつき、草いきれが鼻を突く。ぬかるんだ土の感触が、革靴の薄いソール越しにじっとりと伝わってくる。足元がおぼつかない。ああ、もう勘弁してくれ。この足の裏の痺れ、腰の鈍い痛み。それに、あのマネキンの目。本当にうんざりだ。あぜ道を外れて、田んぼの泥の中に足を踏み入れた。少しでも、あの監視から逃れたかった。
その時だった。
遠くから、何か不気味な音が聞こえてきた。ザワザワ、ガタガタ、ゴツン、ゴツン……不規則で、硬質な音が、風に乗って耳に届く。まるで巨大な何かが、軋みながら、ぶつかり合いながら近づいてくるような。それが、遠くの工場の明かりや、雲間から覗く月明かりを、不規則に遮ったり反射したりしている。チカチカ、ユラユラと、光の粒が乱れ飛ぶ。それは、古びたブラウン管テレビが、深夜に砂嵐を映しているような、そんな光景に見えた。いや、違う。もっと生々しい。何か硬いものが擦れ合う、鈍い衝突音。それがまるで、無数のマネキンの頭部が、風に揺られて互いを打ち付けているような、そんな音に聞こえてきた。
「なんだ、あれは……」
思わず声が漏れた。足が鉛のように重くなり、一歩も前に進めない。むしろ、後ずさりしたい衝動に駆られる。全身の毛穴が開き、鳥肌が立つ。これは、あのマネキン工場から、何かが出てきたのか? あの不気味な眼差しの化身が、ついに実体を持って俺の前に現れたのか? 思考がぐるぐると、ネズミが籠の中で回るように、同じ恐怖を繰り返す。ザワザワ、ゴツン、ゴツン……音と光は、さらに大きく、はっきりと、俺を包み込むかのように迫ってくる。まるで、俺の周囲の空間そのものが、砂嵐のテレビに変わっていくようだ。この恐怖の只中にあっても、脳裏にはあの無表情なマネキンの顔が、その瞳が、しつこく焼き付いて離れない。ああ、本当に胃の腑から何かがせり上がってくるような吐き気がする。もう嫌だ。もう、本当に勘弁してくれ……。
その時、風がピタリと止んだ。音も光も、一瞬にして消え失せる。
俺は息を殺し、震える体で目を凝らした。風に揺れる稲穂の向こう、田んぼの真ん中に、それはあった。積み上げられた土嚢の陰に隠れるように、いや、正確には、土嚢と土嚢の間に立てられた木製のパレットの裏に、それはひしめき合っていた。
大量の、マネキンヘッド。
無数の、生気のない顔面が、月明かりの下で白く浮き上がっていた。風が止まったからか、それらは静かに、ただそこに並べられていた。俺が遠くから見間違えた「砂嵐のテレビ」は、風で揺れるマネキンヘッドの群れが、互いにぶつかり合い、その白い表面が遠くの明かりを反射して、まるでノイズのようにチカチカと見えていただけだったのだ。
脱力した。膝から力が抜け、その場にへたり込む。泥の冷たさが、じっとりと尻に染みる。なんだ、なんだよ……。幽霊でも、怪奇現象でも何でもなかった。ただのマネキンだ。この辺りの24時間営業の工場が、深夜に大量生産した新製品を、一時的にこの場所に保管していただけなのだろう。
「くそっ……」
情けなくて、惨めな気分だ。自分の妄想が、ここまで現実を歪めてしまうとは。しかし、それでも、あの無数のマネキンヘッドが、俺の方向を向いているように見えたのは、気のせいではない、はずだ。いや、やっぱり気のせいか? ああ、もう、どうでもいい。ただ、この疲労感と、まだ耳に残る幻聴のようなザワザワとした音が、俺の神経をさらにすり減らしていく。早く帰って、寝たい。そして、どうか、今夜こそマネキンの夢を見ませんように。そう願いながら、重い体を何とか起こした。泥だらけの靴を引きずり、俺は再び、あぜ道へと向かった。あのマネキンたちの眼差しが、まだ背中に突き刺さっているような気がしてならなかった。