
重いシャッターを半分まで下ろし、鍵をかける。日付が変わるまであと一時間。こんな時間まで、一体何をやっているんだろう、私は。肩の凝りが酷くて、首筋から頭の奥までズーンと重い。きっと、またあの子のことばかり考えていたせいだ。あの時、もっと違う言葉を選んでいたら。いや、もう何を言っても無駄なんだ。あの子は、私の言葉なんて聞く耳持たない。
終着駅の車庫は、深夜になると途端に生気を失う。いや、元から生気なんてあったものか。錆びたレール、埃っぽい空気、古びた機械油の匂いが鼻腔の奥にこびりつく。作業着の袖で額の汗を拭うと、腕のざらつきが余計に不快だった。早く帰って、シャワーを浴びて、誰にも邪魔されずに眠りたい。でも、きっと眠れない。瞼を閉じれば、あの冷たい目が、私を責めるように見つめてくるのだから。
工具箱を片付けようと、壁際の影になった場所へ向かった、その時だ。
カチ、カチ……。
微かな音が、耳の奥で響いた。最初は気にも留めなかった。どうせ配管か何かが軋んでいるのだろう。この車庫はいつも何かしら音を立てている。だが、その音は不規則だった。一定のリズムではなく、間が空いたり、連続したり。まるで、誰かが何かを弄っているような、でも、もっと神経を逆撫でするような、金属が擦れるような、不穏な音。
屋根裏からだ。
こんな深夜に、まさか人がいるはずがない。でも、もし、もしも誰かが忍び込んでいたら。背筋がゾッとした。こんな時まで、あの子の顔がちらつく。何を言っても反発する、あの冷たい目つきが。胃がキリキリと痛み出す。きっとまた、あの時の言い争いを思い出しているせいだ。
恐怖で冷静さを失っていた。私は反射的に、壁のスイッチに手を伸ばし、車庫全体の明かりを消した。真っ暗闇に包まれると、音はさらに鮮明に聞こえるようになった。カチ……ジーッ……カチカチカチ……。
耳を澄ませる。暗闇に目が慣れてくると、屋根裏の奥、古い梁の影に、薄ぼんやりと赤っぽい光が点滅しているのが見えた。まるで監視の目のようで、心臓が跳ね上がった。全身の毛穴が開くような感覚。息をするのも忘れて、私はただその光を見つめていた。何かが、そこにいる。何かが、私を見ている。
こんなくだらないことに怯えている自分も、息子に呆れられるだろうか。情けない。それでも、この恐怖は本物だった。
意を決して、私は懐中電灯を手に、錆びた梯子を掴んだ。一段、また一段と、軋む音を立てて上る。足元が覚束ない。屋根裏はさらに埃っぽく、古い機材の残骸や、使われなくなった配管が複雑に絡み合っていた。光は、それら遮蔽物の隙間から漏れている。
首を伸ばし、懐中電灯の光を当てる。錆びた梯子の裏、古びた換気ダクトの影に、それはひっそりと隠されていた。手のひらサイズの小さな機械。録音中の赤いランプが、不気味に点滅している。
ボイスレコーダー。
その横には、工事用の仮設電源から伸びた延長コードの先に、ひっそりとプラグが差し込まれていた。清掃業者が使う一時的な電源、とかだったのかもしれない。
数日前に、この車庫を通過する列車の騒音を記録するために、業者が設置していったものだ。電源を入れたまま、忘れて帰ったのだろう。カチカチという音は、内部のメカニズムが不規則に作動する駆動音。赤い光は、録音中のランプ。
呆然とした。と同時に、全身から力が抜けていく。あまりにも拍子抜けする結末に、私は情けなさで苦笑いを漏らした。なんだ、こんなものか。こんなことで、私はあんなにも怯えていたのか。
ふと、またあの子の顔が脳裏をよぎる。こんな情けない母親だから、あの子は私を嫌うのだろうか。疲労と安堵と自己嫌悪が混ざり合った感情が、どっと押し寄せた。
全く、馬鹿みたいだ。私はボイスレコーダーのスイッチを切り、重い体を引きずるように梯子を降りた。まだ、日付が変わるまで、少し時間がある。