
夜が更けて、雨がしとしとと降り続く廃線跡に、私は一人ぽつんと立っていた。昔、まだ私が学生だった頃、毎日ここを通って学校へ通ったものだ。錆びたレールはもう電車が走ることもなく、草木が伸び放題。それでも、この場所に来ると、あの頃の自分が蘇るような気がして、ついつい足を運んでしまう。
「ああ、もう、涙が止まらないわね、本当に。こんな歳になっても、こんなに涙腺が緩むなんて。目の奥がジンジンする。若い頃はこんなんじゃなかったのに」
頬を伝う涙は、雨粒と混じり合って、冷たくてしょっぱい。遠くで、ゴトゴトと重い電車の音が聞こえる。昔の記憶と重なって、胸が締め付けられるような、甘酸っぱい気持ちになる。雨で体が冷えてきた。膝の関節がギシギシと鳴るようで、嫌な予感がする。
ふと、隣接する建物の、薄暗い壁の上、天井を見上げた。雨水が壁を伝い、暗闇の中、うっすらと雨漏りのシミのようなものがぼんやりと見える。
「あのシミ、何かしら?まさか雨漏り?うちの天井もそろそろ見てもらわないといけないのよね、あの業者、なかなか連絡つかないし。全く、いつになったら仕事が片付くのやら…」
その時、耳に届いたのは、雨音とは違う、規則的な「ポツ、ポツ…」という音。まるで、どこかから水が滴っているかのような、奇妙な響き。それに重なるように、どこからか聞こえてくる、古びたメロディ。
「キン、コン、カン、コーン…」
壊れかけのオルゴールが奏でるような、どこか不気味な音色だ。しかも、その金属音に混じって、「ブーン…」という低いモーターの振動音が微かに聞こえる。
「あら、こんな夜中に、誰かしら?また涙が溢れてくるわ。このメロディ、なんだか昔の卒業式の歌みたいで…でも、こんなに不気味だったかしら。それにこの機械の音、耳鳴りかと思ったわ。最近、耳も遠くなってきてるのかしらね。まったく、歳は取りたくないもんだわ」
天井のシミ、滴る音、そして不気味なメロディ。すべてが重なり合って、私の心臓がドクドクと不規則に脈打ち始める。懐かしさに浸っていたはずなのに、一瞬にして恐怖が全身を支配した。
逃げ出したいのに、体が鉛のように重くて動かない。雨粒が顔に当たって、ひどく冷たい。
「ポツ、ポツ…」という、規則正しい滴る音。
「キン、コン、カン、コーン…ブーン…」という、どこか狂ったようなオルゴールのメロディ。
そして遠くで響く、鈍い電車の音。
これらがすべて混ざり合い、頭の中でぐるぐると渦を巻く。もう、やめてよ…!体が冷え切って、足の指先まで感覚がないわ。この湿気も嫌だわね。こんなところで風邪でも引いたら、また娘に怒られる。全く、この涙も止まらないし、目も霞んでくるし…
足元を確認するが、雨で濡れた地面があるだけ。水たまりすら見当たらない。どこから来てるのよ、この音…この湿った空気も、なんだか昔の体育倉庫を思い出すわね。あの時も、なんだかじめじめしてて、気持ち悪かったわ。恐怖と生理的な不快感、そして止まらない涙で、私はパニック寸前だった。
その時、雨が一時的に弱まり、隣の建物の窓から漏れる光が、天井のシミだと思っていた場所に差し込んだ。すると、それはシミなどではなく、窓辺に置かれた何かの影であることに気づいた。
「あら…あれ、影だったの?まったく、私の目もいよいよね。老眼かしら、それともただの疲れ?」
光に照らされてはっきりと見えたのは、窓際に置かれた古びたオルゴールだった。メロディは、隣の建物、24時間営業のカフェから漏れてくる音だったのだ。カフェの窓から、ぼんやりと店内の様子が見える。カウンターの隅に、電源コードが壁のコンセントに繋がれた、少し古びた電子オルゴールが置かれているのが見えた。
「なるほどね、カフェの…24時間営業って、本当に夜中でも鳴らしてるのね。全く、近所迷惑じゃないのかしら。でも、これで安心したわ。そうよね、こんな廃線跡に幽霊なんて出るわけないわよね。はは…」
安堵の笑みがこぼれるが、頬を伝う涙は相変わらず止まらない。
「あら、笑っても涙は止まらないのね、困ったものだわ。でも、ちょっと安心したからか、さっきよりは温かい涙になった気がする。なんだか、バカみたいね、私。こんなことでビクビクして。昔はもっと強かったはずなのに…」
自分の勘違いに苦笑しながら、私は雨の中、家路を急いだ。足元は水たまりでぐちゃぐちゃだ。
「まったく、この靴、明日にはカビが生えるんじゃないかしら…」