
クソ、また喉がカラカラだ。深夜のSAって、なんでこう、空気まで乾ききってんだよ。午前2時過ぎ。もう誰もいやしない。駐車場に止まってる俺のポンコツ軽バン以外、一台も車がない。休憩所の自動ドアは開きっぱなしで、中から外から、同じ冷たい風が吹き抜けていく。寒い。もう半袖じゃ無理だろ、これ。早く車に戻ってエンジンかけたいけど、変に動くと目が冴えちまう。仮眠しようと決めたのに、この静けさが逆に俺を落ち着かせない。誰もいない。誰も来ない。このSA、マジで俺一人っきりかよ。
「ゴクッ、ゴクッ……」
水筒を傾けて、残りの水を一気に飲み干す。ああ、もう終わりか。足りねえ。全然潤わねえ。喉の奥がヒリヒリする。運転しっぱなしで、体中が鉛みたいに重い。早く寝たいのに、寝たら寝たで、この誰もいないSAで何かあったらどうしよう、とか、バカみてえなことばっか考えちまう。街灯の光が届かない場所は、漆黒の闇だ。どこから何が出てきてもおかしくない。本当に誰も来ないんだよな? 誰も来ないって、逆に怖いんだよ。
その時だ。
「ピローン」
耳障りな通知音が、この静寂を切り裂いた。心臓が飛び跳ねる。思わずスマホを掴む。こんな時間に誰だよ。親か? いや、親はもう寝てるだろ。友達? こんな時間に用があるわけねえ。画面を覗き込むと、そこには意味不明な文字が羅列されていた。
「▅▇▅█▓▒░▅▅▓▒░」
なんだこれ。文字化け? いや、こんな文字化け見たことねえ。まるで記号の羅列だ。どっかの言語か? でも、そんなんだったら俺のスマホが勝手に日本語に翻訳するはずだろ。送信元も不明。これ、もしかして、この誰もいないSAで起きてる何かと関係あんのか? ゾワッと鳥肌が立つ。喉の渇きなんかどうでもよくなった。それどころじゃねえ。
「…ッくそ」
スマホの画面を指でなぞる。スクロールしてみたり、タップしてみたり。でも、何の反応もねえ。意味不明な記号が、ただそこに居座ってるだけ。まさか、このスマホ、乗っ取られたとか? いや、そんなことあるかよ。でも、こんな誰もいない場所で、こんなメールが来るとか、絶対おかしいだろ。
「キュッ」
突然、耳元で変な音がした。思わず体が硬直する。なんだ今の音。スマホからか? もう一度画面を触ってみる。でも、何も起きない。
「キュッ」
まただ。今度はもう少しはっきり聞こえた。まるで、誰かがキーボードを打ってるみたいな音。でも、どこにもキーボードなんてねえ。そして、このSAには俺一人だ。誰も来ない。絶対来ない。俺しかいないんだ。なのに、この音。恐怖で胃のあたりがムカムカする。吐きそうだ。早くここから出たい。車に戻って鍵を閉めたい。いや、エンジンかけて走り出したい。でも、外に出たら、その「キュッ」の音がもっと近くで聞こえるかもしれねえ。動けない。
汗がじっとりシャツに張り付く。冷や汗だ。スマホの画面に映る文字化けが、まるで俺を嘲笑ってるみたいに見える。この意味不明な記号が、俺の脳みそを直接掻き回しているような不快感だ。頭の奥がジンジンする。
「キュッ……キュッ……」
音がまた聞こえる。今度は、少し間隔が短い。何かのメッセージを送ってるのか? 俺に? 誰が? 考えるだけで気が狂いそうだ。
俺は意を決して、ゆっくりと立ち上がった。腰がバキバキに痛え。足も痺れてる。ずっと車の中で丸まってたから、血行が悪くなってんだ。こんなクソみたいな体調で、謎の現象に遭遇とか、最悪だろ。
恐る恐る、音のする方へ近づいていく。休憩所の隅、自販機の裏側みたいな、薄暗くてごちゃごちゃした場所から音がする。埃っぽい空気と、油っぽい匂いが混じり合ってる。ああ、マジで気持ち悪い。こんな場所、普段なら絶対に近寄らねえ。
自販機と壁の間の狭い隙間に、顔を突っ込むように覗き込んだ。こんなとこ、普通見ねえよな。ゴミでも落ちてんのかと思った。
そこに、そいつはいた。
「なんだ、これ……」
薄汚れた電気コードが、壁のコンセントに無造作に差し込まれている。その先に繋がっていたのは、小さな加湿器だった。業務用なのか、やたらと無骨なデザインだ。
その加湿器の側面から、ぼんやりと赤い光と青い光が交互に点滅している。そして、天板からは白い霧がモクモクと立ち上っていた。
「キュッ、キュッ……」
音の正体は、そいつだった。加湿器のモーターが回る音なのか、それとも水が吸い上げられる時の音なのか、一定のリズムで「キュッ、キュッ」と鳴っている。どうやら、その振動が周囲の壁に反響して、あんな風に聞こえてたらしい。
そして、点滅するLEDランプ。それが壁に反射して、立ち上る霧の影と重なり合って、天井にぼんやりと映し出されていた。霧の揺らめきが、まるで不定形の文字の塊みたいに見える。
まさか、これが……。俺のスマホに来た文字化けメールの正体か?
あまりにも拍子抜けで、思わず力が抜けた。あれだけビビり散らしてた俺が、ただの加湿器のせいで、こんなことになってたなんて。
こんな深夜のSAに、なんで加湿器が置いてあんだよ。しかも、こんな埃まみれの隅っこに。
よく見ると、加湿器の横の壁に、小さな張り紙が貼ってあった。「お客様各位:休憩スペースの乾燥対策のため、加湿器を設置しております。ご協力をお願いいたします。」
はあ? 乾燥対策? 俺の喉はカラカラで死にそうだったんですけど?
24時間営業のSAだから、客が少ない深夜でも稼働してるってことか。
なんてことだ。俺の深夜の孤独恐怖を煽りまくった不審なメールの正体が、まさか加湿器の霧とLEDの光、そしてモーター音だったとは。
「キュッ」
また音がする。今度は、さっきまでの恐怖はどこへやら、なんか馬鹿らしくて、フッと笑いが漏れた。
でも、なんか釈然としねえ。この誰もいないSAで、俺だけがこんな馬鹿みてえなことになってたのか。
結局、誰も来ない。それが一番怖い。
俺はもう一度、水筒の蓋を閉めたことを確認して、車の運転席に戻った。シートを倒し、目を閉じる。
喉の奥はまだ少しヒリヒリするし、腰の痛みも全然引かねえ。
「キュッ」
休憩所の方から、また加湿器の音が聞こえてくる。今度はもう、キーボードの音には聞こえない。ただの加湿器の、気味の悪いモーター音だ。
このSAの底なし沼みたいな孤独感は、まだ俺の周りをまとわりついてる。
でも、もういい。寝よう。クソ、こんなSA、二度と来るかよ。