
重い。全身が鉛でできているみたいだ。背中を丸め、ずるずるとアスファルトの上を引きずられるようにして、ようやく自宅のエントランスに辿り着いた。50を過ぎて、この仕事のプレッシャーは身体の芯まで蝕む。特に、あの「秘密」が俺を食い破ろうとしている夜は。
ガチャリ。鈍い音を立ててエントランスの自動ドアが開く。と、その瞬間だ。
……ピー、ピー……
まさか。心臓がドクリと跳ね上がった。全身の血の気が引いていく。深夜の、この静寂の中で。まるで、着信ナシの通知音のような、それでいてひどく不快な、微細な電子音だ。空気の薄い膜一枚隔てた向こう側で、誰かが俺の存在を確かめているような、そんな錯覚に陥る。
ピー、ピー……
耳鳴りか? いや、違う。確かに聞こえる。音源を探すように目を凝らすが、エントランスは薄暗い。非常灯のぼんやりとした光が、壁のシミや影を不気味な形に歪めている。その光が、床の一点で、微かに揺らいでいるように見えた。それはまるで、誰かがそこに立っていて、俺の帰りを待ち構えているかのように。
「これはやばい……」
口から出た声は、乾いてかすれていた。長年、必死に隠し通してきたあの秘密が、ついに露呈する時が来たのか。いや、違う、こんな終わり方があるはずがない。手足の震えが止まらない。胃の奥から酸っぱいものが込み上げてくる。この数十年、ずっと、この恐怖に苛まれてきた。いつか、どこかで、誰かに、あの夜のことがバレるんじゃないか。そのたびに、全身の毛穴という毛穴から冷たい汗が噴き出すんだ。
俺は半ば這うようにして、自分の部屋のドアまでたどり着いた。鍵を差し込む指先が、ガタガタと震えてなかなか穴を見つけられない。焦りと恐怖で息が詰まる。
ようやく鍵を開け、部屋に飛び込むように転がり込んだ。ドアを閉め、チェーンをかけ、それからゆっくりとドアスコープに目を当てる。暗闇の向こう、エントランスは相変わらず薄暗い。しかし、あの「ピー、ピー」という音は、まだ微かに聞こえるような気がした。
目を凝らす。あの光の揺らぎは、まだそこにある。いや、それは俺の目の錯覚か? 影が、シミが、何かの形に見える。人影か? 誰かがそこに隠れて、俺の様子を伺っているのか? 俺の秘密を知っていて、俺を追い詰めるために、ここに現れたのか? 冷や汗が、背中をぞろぞろと這い上がる。心臓は、まるでマラソンを終えたばかりのように激しく脈打っている。ああ、まただ。この胸の痛み。この息苦しさ。秘密を抱えた身には、一晩たりとも安眠など許されないのだ。
その夜は、ほとんど眠れなかった。朝になり、ようやくあたりが明るくなってきた頃、俺は意を決して再びエントランスへ向かった。昨夜の恐怖が嘘のように、理性が戻ってきていた。
「何だったんだ、一体……」
エントランスは静まり返っている。薄暗闇が去り、外からの光が差し込むと、昨夜は影に隠れていたものがはっきりと見えてきた。
集合ポストの隣、古い段ボール箱の積み荷の裏側。そこには、赤色のバランスボールが、しぼんだように転がっていた。昨夜、薄暗い中で光っていたのは、非常灯の光がそのゴム表面に反射していただけだったのだ。そして、「ピー、ピー」という音は……。近づいてよく見ると、バランスボールの空気栓のあたりから、ごく微かに空気が抜ける「シュー……」という音が聞こえる。深夜の静寂の中、疲弊しきった俺の耳は、その微かな音を、都合の悪い「ピー、ピー」という電子音に錯覚してしまったのだろう。まさに、パレイドリア現象。
まったく、くだらない。
すると、背後からガチャリと音がした。俺の部屋の合鍵を持っていた友人の高橋が、ドアを開けて顔を出した。
「あ、いたいた。わりい、昨日の夜、お前んちでトレーニングさせてもらった後、邪魔だったからエントランスの隅に一時的に置いといたんだ。そしたら、そのまま忘れて帰っちまってさ。まさか一晩中あんなとこにあるとはな。迷惑かけた」
高橋は申し訳なさそうに頭を掻いた。夜遅くまでトレーニングしていたから、うっかり見落としたのだろう。俺は乾いた笑みを浮かべた。
「いや、気にするな……」
安堵の息が漏れた。しかし、その安堵は、バランスボールが見つかったことに対するものだけではない。あの「秘密」が、まだ誰にも知られていない、という事実に対するものだった。くだらない勘違い。そう言い聞かせながらも、俺の胸の奥底では、依然として冷たい恐怖の種がくすぶり続けている。いつか、何かの拍子に、あの秘密が露呈する時が来る。その時、俺は一体どうなるのだろうか。