
もう、何日まともに布団で寝たか覚えてない。カレンダーの数字はぼやけて、人の声すら遠い昔の幻みたいだ。このところ、ずっと一人だ。四畳半の部屋で、蛍光灯の焼け付くような光だけが唯一の話し相手だった。おかげで、目の奥は常にジンジンと痛むし、胃のあたりは妙な重さで常にムカムカしている。頭痛はもう、俺の体の一部になった。
こんな時間に、こんな場所。終電もとっくに終わった、深夜の駅ビルだ。冷たいコンクリートの壁が、俺の疲れた体に容赦なく重くのしかかる。空調も止まっているのか、埃っぽい空気が妙に生暖かい。薄暗い通路に並んだコインロッカーの金属の匂いが、鼻腔を刺激して余計に気分が悪くなる。早く荷物を受け取って、家に帰りたい。いや、"家"と呼べるのか、あの場所を。ただの寝床だ。
重い足を引きずって、目的のロッカーの前に立つ。鍵穴に手を伸ばした、その時だった。
「ドゥン……ドゥン……」
微かな、しかし腹の底に響くような振動が、足元から伝わってきた。最初は、自分の心臓の鼓動が耳鳴りのように聞こえているのかと思った。全身が疲労で重く、血の巡りも悪いせいで、変な幻聴が聞こえることは最近よくあった。しかし、これは違う。足の裏から、コンクリートを通して直接伝わってくるような、重い、重い振動だ。
「なんだ、これ……」
声に出すと、乾いた喉がひりついた。まるで、この駅ビルの地下の奥深くで、巨大な何かが蠢いているような音だ。俺の心臓が、「ドクン、ドクン」と不規則に脈打つのと、その振動が奇妙に重なって、吐き気が込み上げてくる。もう、本当に限界だ。ろくに飯も食えず、まともに寝ることもできず、ひたすら一人で考え事をしていたら、頭がおかしくなってきたのか? この長時間の孤立が、俺の精神を蝕んでいる。視界の端で、薄暗い照明がチカチカと揺れているように見えた。いや、揺れているのは俺の視界か。
「ドゥン……ドゥン……ドゥン……」
音は断続的だ。一度消えたかと思うと、またすぐに、さっきよりもはっきりと響き渡る。まるで、ゆっくりと、しかし確実に、こちらへ近づいてくるようだ。全身から嫌な汗が吹き出す。シャツの下で肌がべたつき、気持ちが悪い。胃のあたりが、ギューッと締め付けられるような感覚に襲われた。まさか、こんな深夜の駅ビルに、俺以外の何かがいるのか? いや、そんなバカな。でも、この音は一体……。
俺はロッカーの金属の扉に背中を預け、周囲を見回した。薄暗い通路は、どこまでも続くように見え、照明の影が不気味な形に伸びて、まるで何かがそこに潜んでいるかのように見える。疲労とストレスで、正常な判断ができない。このまま、ここで誰にも気づかれずに、得体のしれない何かに襲われるのだろうか。体が震える。足の力が抜けて、膝がガクガクと笑い始めた。もう駄目だ。この、誰とも繋がれない孤独が、俺を完全に壊したんだ。
「ドゥン……ドゥン……」
音は、すぐ近くに感じられた。すぐ足元から、いや、隣のロッカーの辺りからだ。俺は最後の力を振り絞って、冷たい金属のロッカーの扉を伝い、足元の隅、ちょうど隣のロッカーと壁の間の、埃が積もった狭い隙間を覗き込んだ。
その瞬間、目に入ったのは、微細な光だった。そして、その光の源から、「ジリジリ……カチッ……ジリジリ……」という、電気的なノイズが、はっきりと耳に届いた。
「……これ?」
俺は思わず、その隙間に手を突っ込み、光の源を引っ張り出した。それは、くたびれた、使い古された懐中電灯だった。電池蓋が半開きになっていて、そこから剥き出しになった電池が、僅かに接触不良を起こしている。その微細な振動と、電気的なノイズが、この静まり返った駅ビルのコンクリートと金属の構造を伝って、俺にはあの重々しい「ドゥン、ドゥン」という低周波音のように感じられていたのだ。
「これ……が……?」
安堵と、そして自分の情けなさに、思わず乾いた笑いがこみ上げてきた。ハハ、ハハハ……。こんなことで、あんなに怖がったのか。こんな、清掃員か誰かが点検中に落として、暗がりで見つけられずにそのままになっていたであろう、たかが懐中電灯の接触不良の音に。
体中の力が、一気に抜けた。頭痛は相変わらずガンガンと響いているし、胃の不快感も消えない。だが、精神的な張り詰めた糸は、ようやく切れた。深夜の駅ビルは、また元の静寂を取り戻している。俺は、懐中電灯を元の隙間にそっと戻し、疲労困憊の体で、ようやく自分のコインロッカーの鍵を回した。早く、この孤独な夜から抜け出したかった。