深夜の車庫、軋みは私か

終着駅の車庫に車を滑り込ませた途端、どっと疲れが押し寄せてきた。もうこの時間じゃ、駅前の高い駐車場に停めるのもバカらしい。少し歩く羽目になるけど、背に腹は代えられない。ここならタダだし、何より人目がない。誰にも会いたくない、今は。特に、あの息子には。今日の夕食の時の言い争いが、まだ胃のあたりでシクシクと痛んでいる。あの子ももういい大人なのに、どうしてこう、一つ屋根の下にいるだけで癇に障るんだろう。

車のエンジンを切ると、途端に車庫の隅々まで広がる、鉛色の静寂が耳に張り付いた。いつもなら早く家に着いて、風呂に入って、ビールでも呷って忘れてしまうのに。今日はどうにも、気が休まらない。こんな時間まで残業させられて、クタクタなのに、家にはまたあの顔がある。ため息が漏れた。重い疲労感が全身を覆い、肩の凝りが石のように固まっている。

その時だった。

「…ガタ、ガタ…」

遠くで、だが確かに、何か重いものが床を擦るような音が聞こえた。最初は気のせいかと思った。耳鳴りか、それとも疲労からくる幻聴か。でも、違う。それはゆっくりと、しかし確実に、こちらへ近づいてくるような響きを帯びていた。床が、ごく微かに揺れる。タイヤの軋む音、にしては鈍すぎる。もっと、木製で、古びて、重たい、そんな質量を感じさせる音だった。

心臓がドクンと跳ねる。こんな時間に、こんな場所に、一体誰が。またあの息子の顔が脳裏をよぎる。ああ、もう勘弁してほしい。あの子のことばかり考えていると、胃がキリキリ痛みだす。ストレス性の胃炎だかなんだか知らないけれど、最近はずっとこんな調子だ。

「ガタガタ…、ギィィィ…」

今度は、もっとはっきりと聞こえた。車庫の奥の方、薄暗い壁際に積まれた道具の山からだ。まるで、古びた家具が、無理やり引きずられているような鈍い音。床を擦る摩擦音が、この静寂の中でやけに大きく響く。全身の毛穴がゾワッと開くのを感じた。

まさか、泥棒? でもこんな物置みたいな場所で、一体何を盗むというのか。いや、それとも…化け物? くだらない。私はもう40代の大人だ。そんな子供じみたことを考えている自分に、思わず苦笑が漏れそうになる。でも、その笑いすら、喉の奥で詰まって出てこない。冷たい汗が、背筋を伝った。

音は止まない。むしろ、その動きに合わせて、床の揺れも大きくなっている気がする。視線を凝らすが、暗闇の中では何も見えない。ただ、黒い塊が、壁際で蠢いているような、そんな錯覚に囚われる。

「これは…家具が壊れていく音だ…」

独り言が、震えた声で漏れた。古くて、重い、何か。それが、ゆっくりと、しかし確実に、自身の形を失っていくような、そんな嫌な予感がした。崩れていく。朽ちていく。まるで、私の生活みたいに。あの息子との関係も、このままいけば、きっと朽ちていくだけだ。もう修復なんてできないのかもしれない。そう思うと、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。

その時、突然、パッと視界が明るくなった。車庫の天井に設置された業務用蛍光灯が、バチバチと音を立てて点灯する。同時に、壁際から伸びた太い延長コードが目に入った。どうやら、車庫の常設電源から引っ張ってきているらしい。

眩しさに目を細めると、そこにいたのは、三人の男女だった。作業着を着て、汗をかいている。そして、その彼らの足元には、巨大な木製のドアが横たわっていた。古びた、分厚い木製のドア。まさに、私が聞いていた「ガタガタ」という音の主。彼らがそれをゆっくりと引きずり、立てかけようとしているところだった。

「あっ、すみません!びっくりさせちゃいましたか?」

一番若い男の子が、慌てたように声を上げた。

「いえ…」

私は声にならず、ただ頭を振った。恐怖と安堵で、一気に全身の力が抜けていく。膝から崩れ落ちそうになるのを、なんとか踏みとどまった。情けない。

「いやぁ、本当に申し訳ないです。急な変更で、明日の公演までにどうしてもこのセットを運び込まないと、って…こんな夜中にねぇ」

リーダー格らしき男性が、苦笑しながら説明してくれた。

「ほら、見てくださいよ、これ。すっごい重いんですよ、このドア。古い劇団から譲ってもらったやつで、もう何十年も前のものらしくて。運ぶのも一苦労で、引きずらないと動かせなくて」

もう一人の女性が、申し訳なさそうに付け加える。

なるほど、舞台用の小道具。だからあんなに重々しい音がしたのか。それにしても、こんな深夜までご苦労なことだ。

「すみません、勘違いしまして…」

私はやっとのことで声を絞り出し、ペコペコと頭を下げた。安堵したのに、なぜか気分は晴れない。こんな些細なことでパニックになるなんて、私も随分と気が弱くなったものだ。これも、あの息子との確執が、私をこんなに疲れさせているせいだ。心底、うんざりする。

劇団員たちは、笑顔で「とんでもないです」と返してくれたが、私の心はまだ重い。彼らの作業を見守りながらも、頭の中ではまた、息子との言い争いが再生され始める。この安堵も、どうせ一時的なものだ。明日になれば、また同じことの繰り返し。

車庫の明かりの下で、彼らが重いドアをゆっくりと壁際に立てかける。その音はもう、恐怖ではなく、ただの労働の音だった。でも、私の中の軋みは、まだ止まりそうになかった。