深夜バス、脳を揺らす謎の音

深夜二時を過ぎたというのに、この低周波音は一体いつまで私を苛むのだろう。
頭の奥で、ズン、ズン、と重たい何かが響く。耳の奥では、キーンという甲高い金属音と、ブーンという太いモーター音が常に混じり合っている。一日中これだ。朝から晩まで、いや、昨日の晩からずっと、私の脳みそは休む暇がない。まるで頭蓋骨が直接、振動しているかのようだ。神経がすり減って、もう何もかもが嫌になる。

深夜のバスは、がたがた揺れながら都会の幹線道路を走る。シートのビニールが肌に張り付いて不快だ。エアコンから出る風はぬるくて、埃っぽい匂いがする。ああ、早く家に着いて、横になりたい。横になったらこの頭痛と耳鳴りが消えてくれるといいんだけど。いや、どうせ消えない。もう何年もこの症状に悩まされている。医者に行っても「気のせい」「ストレス」の一点張り。気のせいなものか。この不快感は、紛れもなく現実だ。

ズン……ズン……。
まただ。今度は、もっとはっきりと、重い振動がバスの床から伝わってくる。シート越しに、お尻の下まで響くような、鈍い振動。窓ガラスの縁が細かく震えているのが、うっすらと見えた。
これは……もしかしたら?
私の頭の中の音とは、少し、いや、かなり違う。もっと物理的で、外から聞こえてくるような、大きな音。

「あれ……電車?こんな時間に?」
もう終電はとっくに終わっているはずだ。それとも、工事だろうか? こんな真夜中に、まだ工事をしているのか。
くそ、この頭痛のせいで余計に神経が過敏になっている。いつもなら気にならないような音も、今は私の神経を逆撫でする。耳鳴りのキーンという音が、さらに高くなった気がする。吐き気が込み上げてくる。

ズン、ズン、ズン……!
音が、さらに強くなった。バス全体が、重い振動に包まれているようだ。まるで巨大な生き物が、このバスの下を這いずり回っているような、そんな不気味な感覚。
だめだ、もう、耐えられない。脳みそが沸騰しているみたいだ。頭のてっぺんから何かが吹き出しそう。この頭痛と耳鳴りのせいで、平衡感覚までおかしくなってきた。目の前がぐらぐらする。
私は慌てて、音の出所を探そうと、薄暗い車内を見回した。しかし、深夜の明かりでは、何もかもが影とシミにぼやけて見える。座席の背もたれが、まるで怪物の顔のように歪んで見えたり、窓の外の街灯が、意味のない文字の羅列のようにちらつく。パレイドリア現象だ。きっと、疲れているんだ。この低周波音のせいで。この耳鳴りのせいで。

「これは……もしかして何か怪しいものなのか?!」
まさか、こんなバスの中に、何か不審なものが? テロ? それとも、誰かが何かを仕掛けているのか?
ああ、もう、本当に嫌だ! この音のせいで頭が割れそうだ。この耳鳴りのせいで気が狂いそうだ。お願いだから、止まってくれ。頼むから、静かになってくれ! このままじゃ、私はこの音に殺されてしまう。

ズン、ズン、ズン……。
突然、背後から聞こえていた重い振動が、ふっと消えた。
え?
私はゆっくりと、まるで首が錆び付いたロボットのように、後ろを振り返った。
薄暗い車内。一番後ろの座席の、さらにその奥。
そこに、それはあった。
普通の座席と見紛うような、しかし明らかに一回り大きく、分厚い、黒い革張りの塊。座席の陰に隠れるように、他の荷物と積み重なって、今まで全く気づかなかった。
そこから、微かに、唸るようなファンの異音が聞こえる。
よく見ると、それはバスの座席の一部と一体化するように設置された、マッサージチェアだった。バスの床から電源コードが伸びて、座席の下のコンセントに繋がっているのがうっすらと見える。
そして、そのマッサージチェアの背もたれの脇にある操作パネルの、小さなLEDランプが点滅している。振動モードが、ずっとオンになっていたらしい。

「まさか……これが原因だったのか……」
呆然と呟いた。ずっと、外から聞こえてくるものだとばかり思っていたあの重い振動音は、この、バスの備え付けのマッサージチェアから発生していたのか。
その時、前の方から、停車したバスの運転手さんがやってきた。
「お客様、どうかされましたか? 随分と顔色が悪そうですが……ああ、これですか」
運転手さんは、私の視線の先にあるマッサージチェアを見て、苦笑いした。
「すみません、このバス、提携してるホテルへの送迎でしてね。ちょっとしたサービスで付けてるんですが、このマッサージチェア、もう随分前から故障してまして。特定のモードに入れると、止まらなくなっちゃうんです。しかも、振動が結構大きいもんで……。さっき、多分どなたか乗客の方が、降りる時にうっかり触ってしまったんでしょうね。私も気づかなくて。バスの電源に直結してるんで、エンジン切らないと止まらないんですよ」

故障したマッサージチェア。特定のモードに入ると止まらない振動。バスの電源に直結。
真夜中の都会を延々と走り続けるバスの中で、私は長時間にわたって、その低周波の振動音を聞かされ続けていたのだ。私の頭痛と耳鳴りは、この振動でさらに悪化し、私はそれを外からの「謎の音」だと勘違いして、恐怖さえ感じていた。
あまりにも馬鹿馬鹿しい。
私の神経をこれほどまでに苛み、恐怖に陥れたものが、まさかこんな、ただの故障したマッサージチェアだったとは。
疲労と、安堵と、そして何よりも、この間の抜けたオチに、思わず声を出して笑ってしまった。
ハハ……。
笑っているのに、目から涙が滲んだ。この、ズン、ズン、という頭痛はまだ続いている。耳鳴りのキーンという音も、まだ止まらない。
でも、もう、これで一つ、私の頭痛の原因が、本当に一つ、減ったかもしれない。
そう思うと、少しだけ、本当に少しだけ、心が軽くなった気がした。
ああ、早く家に着きたい。そして、この振動音から解放された頭で、静かに眠りたい。