
深夜2時。もう、こんな時間か。蛍光灯のジージーいう耳障りな音が、この洗車場の静寂を一層強調している。冷たいコンクリートの床に、俺の安っぽいスニーカーがキュッと鳴るたびに、全身の神経がぴりつくような不快感。ここんとこずっと深夜勤務で、目の下にはもうクマどころかパンダでも飼えそうな勢いだ。肩は岩みたいに凝り固まってて、どうにもこうにも身体が重い。こんな状態で、まだあと3時間は作業しなきゃなんねぇんだから、もう、やってらんない。
ただでさえ集中力が切れかかってるってのに、どこからか聞こえてくるんだ、変な音が。
「カチャ……カチャ……」
最初は気のせいかと思った。洗車機の残響か、外を走る車の音か。でも違う。もっと、金属的で、薄っぺらくて、でも妙に耳に残る音。まるで錆びた歯車が、無理やり回されてるみたいな。
その音が、どこかの隙間から、ひゅうひゅうと風に乗って響いてくるような気がして、とにかく気持ち悪い。この「隙間から聞こえるオルゴールの不気味な音に怯え、集中不能」な状態が、俺の作業効率をさらに下げてる。もう、本当に勘弁してくれ。
洗車場の奥、使ってない洗剤のドラム缶が積み重ねてある隅っこに、やけに狭い隙間がある。埃まみれの壁と、ぐちゃぐちゃに散らかったホースの間にできた、ほんの指一本分くらいの裂け目だ。そこから、うっすらと、本当に微かに、どっかの非常口の誘導灯みたいな青白い光が漏れてるのが見える。なんでこんなところに光が?
その隙間から、また聞こえてくるんだ。「カチャ……カチャ……」って。さっきよりも、少しだけ近いような、ハッキリしたような。
俺の心臓が、ドクン、と大きく跳ねた。まさか、あの隙間の向こうに、何かいるんじゃねぇだろうな。こんな深夜に、こんな薄暗い洗車場の隅っこに、誰が? 何が?
考えれば考えるほど、背筋がゾワゾワと泡立つような感覚に襲われる。身体が勝手に硬直して、汗がじんわりと滲み出てきた。もう、本当に嫌だ。この「隙間から聞こえるオルゴールの不気味な音に怯え、集中不能」な状況から、一刻も早く抜け出したい。
音は、次第に大きくなっていった。まるで、何かがゆっくりと、こちらに近づいてくるみたいに。「カチャカチャ……カチャカチャ……」一定のリズムで、でもどこか狂ったように聞こえる。もう全身の毛が逆立ってる。鳥肌が収まらない。
俺は、もう作業なんて手につかない。手に持っていたホースを、ガシャン、と床に落としてしまった。その音にすらビクッとして、心臓が口から飛び出しそうだ。
音源を探そうと、周りを見回す。でも、どこを見ても、あの隙間から音が聞こえてくるような気がするんだ。まるで音が、壁や床を伝って、洗車場全体に響いてるみたいで、正確な場所が特定できない。
「どこだよ、一体……」
思わず声に出して呟いた。自分の声が、こんなにも震えてるなんて。この「隙間から聞こえるオルゴールの不気味な音に怯え、集中不能」な状態が、本当に俺を狂わせる。頭の中が、その「カチャカチャ」という音でいっぱいになって、他のことを何も考えられない。
もう、無理だ。限界だ。俺は、意を決して、あのドラム缶の山に近づいてみた。
洗車用具が雑然と積み上げられたその山を、恐る恐る崩していく。使い古されたバケツ、錆びたブラシ、ガソリンの匂いが染み付いた軍手……その奥、薄暗い棚の影に、何か見えた。
「……は?」
そこにあったのは、手のひらサイズの、古ぼけたオルゴールだった。木製の箱は埃まみれで、所々塗装が剥げ落ちている。ゼンマイ式の、何の変哲もないオルゴールだ。それが、まるで誰かに見つけられるのを待っていたかのように、洗車用具の隙間、ちょうど壁との間に押し込められていた。覗き込まないと絶対に気づかないような死角だ。
俺が、自動ドアの近くで洗車機の最終点検を終えた時に、大きな振動が響いた。きっとその振動で、この故障していたオルゴールのゼンマイが、偶然にも少しだけ動いてしまったんだろう。錆びついた歯車が、無理やり噛み合って、ゆっくりと、しかし確実に回っていた。
「カチャカチャ……カチャカチャ……」
まだ、音がしてる。オルゴールの蓋は開いたままで、真ん中のバレリーナ人形は、もう首が取れて動かない。ただ、内部の錆びた歯車だけが、ひたすらに、不気味な音を立てていた。
俺は、そのまま床にへたり込んだ。
「……なんだよ、これ……」
脱力感で、全身の力が抜けていく。張り詰めていた緊張が、一気に霧散した。ああ、これか。このちっぽけな、埃まみれのオルゴールが、俺をこんなに怖がらせてたのか。
俺は、乾いた笑いを漏らした。ハハ、マジかよ。こんなことで、俺は一晩中、あんなに怯えてたのか。心底、馬鹿馬鹿しくなって、笑いが止まらなくなった。疲労と恐怖と安堵がごちゃ混ぜになって、変なテンションだ。
オルゴールをそっと拾い上げ、壊れたゼンマイを指で止めた。途端に、洗車場に静寂が戻る。
ようやく、俺の集中力も、少しは戻ってきそうだ。もう、二度とこんな思いはしたくない。この夜の「隙間から聞こえるオルゴールの不気味な音に怯え、集中不能」だった時間は、一生忘れねぇだろうな。ああ、最悪だ。早く家に帰って、ベッドに沈みたい。