地下道、あの後悔が嗤う

また、こんな時間に目が覚めてしまった。午前三時。枕元の目覚ましはまだ暗闇の中で黙り込んでいる。身体の芯から冷え切っているような感覚と、同時に背中を伝う嫌な汗。更年期ってやつは本当に厄介だ。寝つきが悪い上に、一度目覚めるともう二度と眠れない。仕方なく、少しでも体を動かそうと、こんな時間に地下道を通って駅前のコンビニまで行くことにした。こんなこと、昔の私なら考えられなかった。

足元が覚束ない。膝の関節がギシギシと音を立てるようだ。この地下道は、いつ来てもひんやりと湿った空気が纏わりついてくる。カビ臭いような、鉄錆のような、独特の匂い。昔、あの子とよく通った道だ。あの頃は、こんな暗い道も二人なら何のことはなかったのに。あの子を失ってから、私はすっかり臆病になってしまった。あの日の、私のたった一つの判断ミスが、全てを狂わせた。あの時、もし私が別の選択をしていれば……。考えるだけで、胃のあたりがキューっと締め付けられる。胸が苦しい。今も、その時の後悔が心臓を鷲掴みにして、脈打つたびにズキズキと痛む。

地下道の真ん中あたりまで来た時だ。静寂を破って、不意に「ドン」と、何かが響いた。

一瞬、心臓が跳ね上がった。全身の血の気が引く。思わず立ち止まって、周囲を見回す。誰もいない。薄暗い蛍光灯の下、コンクリートの壁がただ虚しく続いているだけだ。風もないのに、どこから?まさか、聞き間違い?最近、耳鳴りもひどいから、幻聴だろうか。いや、そんなはずはない。はっきりと、鼓膜に響いた。まるで、誰かが壁を叩いたような、重い音。

「ドン……」

まただ。今度は少し間を置いて。明らかに、私以外の何かが、そこにいる。
背筋に冷たいものが走る。びっしょりと背中が湿るのを感じる。まさか、あの時の……?いや、そんなはずは。あの出来事は、誰にも話していないはずだ。なのに、どうして?私を責める声が、私を探している声が、ここへ来たのか。あの時の後悔が、具体的な形を持って私を追い詰めているのか。

「ドン……ドン……」

リズムが少し速くなった。まるで、苛立ちを募らせているかのように。
私はもう、呼吸すらまともにできない。喉がカラカラに乾ききっているのに、唾を飲むのも忘れていた。膝の痛みが、急に増したような気がする。めまいがして、視界がチカチカする。更年期のせいか、それとも恐怖のせいか。いや、きっとあの時の記憶が、私の身体を蝕んでいるんだ。あの時、なぜ私はあの子の手を離してしまったのだろう。この地下道で、最後にあの子と別れた日。もっと強く、引き止めるべきだったのに。私が弱かったから、あの子は……。

足が、勝手に後ずさりをする。早くここから逃げ出さなければ。そう思うのに、身体は鉛のように重い。動け。動けよ、私の足!何度も自分に言い聞かせるが、足はガクガクと震えるばかりで、一歩も前に進めない。私の人生と同じだ。いつも、肝心なところで動けない。あの時も、そうだった。

それでも、這うような足取りで、私は出口を目指して駆け出した。いや、駆け出したというよりは、もがくように進んだ。息は切れ、肺が焼け付くように痛い。目の前が真っ暗になりそうだった。転びそうになるのを、必死で壁に手をついて耐える。ザラザラとしたコンクリートの感触が、手のひらに嫌な摩擦熱を伝える。

やっと、やっとだ。地下道の出口の階段を這い上がるようにして、外に出た。ひんやりとした朝の空気が、剥き出しになった肌に突き刺さる。ぜいぜいと荒い息を吐きながら、私はその場にしゃがみ込んだ。心臓が喉まで飛び出してきそうだ。落ち着け。大丈夫。もう、誰もいない。そう言い聞かせながら、震える手で膝を抱え込む。

しばらくして、どうにか呼吸を落ち着かせた私は、ふと、背後を振り返った。
出口の脇に、薄暗い屋外作業用の倉庫がある。普段は気にも留めない場所だ。その倉庫の、わずかに開いた隙間から、何かが揺れているのが見えた。よく見ると、それは、古びた能面だった。風が、倉庫の扉の隙間から吹き込み、能面が吊るされた木の棒を揺らしている。その能面が、倉庫の壁に、こつん、こつんと、まるでノックをするように当たっていたのだ。

……ああ、これか。

全身から、力が抜けていく。膝から崩れ落ちそうになった。なんだ、こんなものだったのか。私の恐怖は、ただの風と、能面が作り出した音だった。
バカみたいだ。こんな簡単なことに、こんなにも怯えて、こんなにも疲弊して。私の心は、本当に、すっかり駄目になってしまった。あの日の出来事から、もう何年も経つのに、私はまだ、こんなにも弱々しい。

深い、深い溜息を吐き出す。肺の奥から、嫌な湿り気を帯びた空気がごっそり出ていくようだった。私の心を蝕むこのトラウマは、結局、こんな風に些細なことで、何度も何度も私を困惑させ、苦しめ続けるのだろう。あの時の後悔が、能面のように、醜く歪んだ顔で私を嘲笑っている気がした。