墓地で止まぬ笑い。隣の闇。

墓地を抜けるのは、いつも気が重い。日が暮れてからは特にだ。近道だからって、こんな時間に。膝の節々が軋む。もう五十も半ばを過ぎれば、夜道は冷えるし、若い頃のようにひょいひょいとは行かない。ああ、そういえば、あの隣の娘っ子の笑い声、今朝も聞こえてきたな。けたたましい高笑い。それが急に、ぷつりと途切れる。あの瞬間が、どうにも気持ちが悪い。何を笑い、何に怒り、何に黙るのか。腹の底がざわつく。

今夜も、薄暗い墓石の間を縫って歩いていると、妙な音がした。
ひゅう、と風が抜ける音かと思いきや、違う。

「くっくっく……」

低く、しかし妙に響く笑い声。男か女かも判別しづらい。こんな時間に、誰がここに? ぎょっとして立ち止まる。周囲を見渡すが、誰もいない。墓石が、黒い影絵のように並んでいるだけだ。空は薄汚れた鉛色で、月も星も見えない。湿っぽい空気が肺に張り付く。

「くっくっくっ……ははは!」

今度は少し、声が上ずった。気のせいか、少し近づいたような。背筋に冷たいものが這い上がる。またあの隣の娘っ子みたいに、突然笑い出して、急に黙るのか? その沈黙が一番怖いんだ。何を考えているか分からない。

歩き出す。早足で。しかし、その笑い声も、私の歩みに合わせてついてくるようだ。
ザッ、ザッ、と土を踏む私の足音に、カッ、カッ、と何かが乾いた音を立てて追いかけてくる。
誰だ、一体。
こんな夜更けに、墓地で、私を追いかけてくる奴がいるなんて。
もしかして、墓石の陰に隠れているのか?

肝臓のあたりがキリキリ痛む。最近、胃の調子も良くない。年を取ると、体のあちこちが悲鳴を上げる。隣の笑い声が止んだあの瞬間の、胸のざわつきと同じだ。この恐怖も、きっと私の心臓に悪い。

「くくく……っ!」
今度は、すぐそこだ。思わず、立ち止まってしまう。
見回す。どこにも、誰もいない。
だが、確かな光が、墓地の奥の方でチカチカと点滅している。不規則な光。その光が、笑い声に合わせて、時折、パチリ、と硬い音を立てる。まるで、誰かがスイッチを乱暴に押しているような。

ひょっとして、あれか? 墓石に彫られた戒名が、光の加減で人の顔に見える。影とシミが重なって、私を嘲笑っているように見えるじゃないか。やだ、もう。パレイドリアってやつだ。疲れてるんだ、きっと。

「カッ……カチャッ……!」

今度は、まるで石を蹴るような、硬い音がした。それが私の足音と重なって、まるで二人の人間が歩いているみたいだ。もう嫌だ。早くここを抜けて、温かいお茶でも飲みたい。
あの笑い声、どうしてこんなに耳につくんだ。まるで隣の娘っ子の、あの腹立たしい高笑いが、私の頭の中に居座っているみたいじゃないか。いつ止まるか、いつまた始まるか、予測できないあの不快感。

もう、我慢の限界だ。
そう思った時だった。

墓地の出口、というよりは、隣接する舗装路の方から、低いエンジン音が聞こえてきた。そして、人の声。
「おい、そこの忘れ物、もう片付けちまえよ!」
「ああ、すみません、隊長! あと少しだけ!」
声の主は、黄色の作業服を着た男たちだった。彼らは、墓地の外れで何かを積み込んでいる。どうやら、夜間の墓地整備か、緊急の点検でもしているらしい。懐中電灯を手に、足元を照らしている。

そうか、あの笑い声も、足音も、あの光も……。

彼らが車に乗り込み、エンジン音と共に去っていく。すると、それまで耳にへばりついていた笑い声も、カチャカチャという足音も、すっかり消え失せた。

代わりに、私は足元に、小さく光るものを見つけた。
ゴツゴツした墓石の台座の、ちょうど影になっている、深い隙間。覗き込まないと見えないような、死角だ。そこに、ぽつんと、懐中電灯が落ちていた。スイッチが入りっぱなしで、弱々しく光っている。さっきの作業員が、資材を積み込む際に、うっかり落としていったものだろう。

ああ、なんだ。そうだったのか。
一瞬、張り詰めていたものが、プツンと切れた。
ドッと疲れが押し寄せる。心臓がドクドクと鼓動を打つ。
全く、年を取ると、こんな些細なことでも心臓に悪い。
また、あの隣の笑い声が、いつ止まるか、いつ始まるか、そればかりが頭を巡る。
本当に、疲れる。
この懐中電灯、どうしよう。
誰かに届けてやるべきか、それともこのまま置いていくか。
考えるのも億劫だ。
早く、家路を急ごう。
温かいお風呂に入って、この冷え切った体を温めたい。
そして、あの隣の笑い声が聞こえないことを、ただただ願うばかりだ。