精米機が嗤う。消えた子の声。

ちくしょう、まただ。耳の奥で、甲高い声が聞こえる。「ねぇ、ママ、遊んでよぉ」。幻聴だってわかってる。わかってるけど、もう何日も、この声が頭から離れない。寝ても覚めても、いや、覚めてる時だけじゃない、夢の中まで追いかけてくる。おかげでこの数日、まともに寝た覚えがない。頭はガンガンするし、胃のあたりもずっとムカムカしてる。

こんな時間に、なんで精米所なんか来てるんだろう。いや、来ざるを得ないんだ。今週分の米を切らしてて、この時間しか時間が取れなかった。子どもがいなくなって、もう何年も経つのに、この幻聴だけは、あたしを蝕み続ける。埃っぽい精米所の空気は、妙に重苦しくて、ますます頭が痛くなる。米の匂いと、機械油の独特な臭いが混じって、ちょっと気持ち悪い。

精米機の前に立って、ふと、背筋に冷たいものが走った。ガタン、と、鈍い音がしたんだ。気のせい? と思った瞬間、ごぉぉぉ……と、重々しい音が響き渡り、精米機が勝手に動き出した。

「え?」

思わず声が出た。あたしはまだお金を入れてない。誰か来たのかと思って、慌てて入り口の方を振り返ったけど、誰もいない。外は真っ暗で、遠くの街灯だけがぼんやりと道を照らしている。精米所の壁には、古びたポスターが何枚か貼ってあるだけ。

「誰か、いるの?」

声に出して聞いてみたけど、返事はない。あたりは精米機の駆動音だけが響いている。おかしい。本当に誰もいない。それなのに、精米機は唸りを上げ続けている。その重低音に混じって、また聞こえる。「ママ、見て見てぇ」。幻聴だ。幻聴に決まってる。でも、さっきから妙に鮮明に聞こえるんだ。まるで、この精米所のどこかに、本当に子供がいるみたいに。

心臓がドクドクと不規則に脈打つ。寝不足のせいで、ただでさえ心臓が暴れてるってのに。額には脂汗が滲んでる。

その時、頭上の人感センサーがカチッと音を立てて、パッと白い光を放った。センサーが反応した? 誰かが、この精米所のどこかにいる? いや、いない。あたししかいないはずだ。でも、センサーはあたしが動いた方向じゃなくて、精米機の後ろあたりを照らしてる。

そして、その光に呼応するかのように、精米機の音が一段と大きく、いや、不規則になった。ガガガガガ……! と、まるで何かを噛み砕くような、重苦しい音が響き渡る。耳がキンキンする。この音が、あたしの幻聴と混じり合って、まるで本当に子供が叫んでいるように聞こえてくる。

「ママ、怖いよぉ! ママ!」

やめてくれ。頼むから。もう、頭がおかしくなりそうだ。心臓が痛い。このままじゃ、本当に倒れちゃう。体が震えて、まともに立っていられない。精米機の音が、まるで地獄の釜の蓋が開いたかのように、この小さな空間に轟いている。幻聴の子供の声は、その音に負けないくらい、あたしの耳元で叫んでいる。

「なんで……なんで、こんなことに……」

膝から崩れ落ちそうになったその時、ふと、精米機の裏手、床の隅に積まれた米袋の陰に、何かを見つけた。なんだ、あれ? 薄暗い中で、今まで全く気づかなかった。ちょうどあたしの視界の死角になっていたんだ。

フラフラと立ち上がり、精米機の脇をすり抜けて、その米袋の陰を覗き込む。そこには、使い古されたビニール袋に入った、小さな箱が転がっていた。埃だらけで、いかにも年季が入っている。なんでこんなものが、精米所に?

震える手で、そのビニール袋を掴んで引っ張り出した。ずしりと重い。袋から箱を取り出すと、表面には「演劇クラブ小道具」と、マジックで乱雑に書かれている。

「演劇クラブ……?」

わけがわからないまま、パチン、と留め金を外して箱を開けた。

と、その瞬間、箱の中から、けたたましい子供の声が響き渡った。「ママ、お腹すいたぁ! ママ、どこぉ!」

あたしは思わず箱を取り落とした。プラスチック製の安っぽい箱が、ガタンと床に落ちて、それでもまだ、中から声が聞こえている。

呆然と、床に転がる箱を見た。それは、いかにも場末の劇団が使いそうな、声を変調させるおもちゃのような機械だった。電池で動くらしい。その「声を出す装置」が、何かの拍子にスイッチが入って、勝手に声を出し続けていたんだ。

精米機の重々しい駆動音と、この機械から出る甲高い子供の声。それが、あたしの幻聴と混じり合って、こんな馬鹿げた恐怖を生み出していた。

「なんだよ、これ……」

力が抜けた。膝から崩れ落ちて、床に座り込んでしまった。精米機は、まだ唸り続けている。もう、どうでもいい。

そうか、これがあの幻聴の原因だったのか。いや、幻聴と現実の音が混ざり合って、あたしの頭をさらに混乱させていたんだ。こんなもので、あたしはこんなにも怯えていたのか。

どっと疲れが押し寄せてくる。幻聴は、まだ聞こえる。「ママ、ねぇ、ママ」。でも、もう、さっきまでのような恐怖はない。ただ、ひたすらに、疲労感が全身を支配している。

「ちくしょう……こんなことで、あたしは……」

後で調べてみたら、この日は地元の演劇クラブが精米機を借りて、舞台の小道具を調整するのに使っていたらしい。夜遅くまで作業していたせいで、うっかり忘れ去られていたんだと。

なんでこんなものが、こんな見えにくい場所に放置されてたんだよ。あたしの幻聴まで煽って、もう、本当に勘弁してほしい。

精米機の重い音と、電池切れ寸前なのか、か細くなってきた子供の声。頭痛は相変わらずだし、胃のムカつきも止まらない。あたしはただ、精米が終わるのを待つしかなかった。この埃っぽい場所で、もう限界だ。早く家に帰って、ぐちゃぐちゃになった頭をどうにかしたい。