生温い風、忘れられた子の吐息。

深夜のコインランドリーは、いつも洗剤と微かなカビの匂いが混じり合って、生温い湿気が肌にまとわりつく。乾燥機の熱気が、閉め切られた空間に重く澱んでいる。私はまた、この場所に来ていた。先週から、いや、もっと前からだろうか。子供の帰宅時刻が、なぜだか全く思い出せない。毎日、毎日、夕方になるたびに胸の奥が冷たくなって、パタパタと焦燥感が全身を駆け巡る。そして、結局、その冷たさに蓋をするように、こんな夜中に洗濯物を抱えてここにいる。また忘れてしまったのか、今夜もまた、子供が帰ってこないのではないか。その恐怖が、私の心臓をぎゅうっと掴んで離さない。

大型洗濯機が、ゴウン、ゴウンと鈍い音を立てて回っている。その単調な響きだけが、この空間に存在を許された唯一の生きた音だ。疲労でズキズキする頭を、壁に凭れさせて目を閉じる。ああ、まただ。この、胃の底からせり上がってくるような、冷たい嫌な感覚。子供は今、どこで何をしているんだろう。私がいなくて、寂しがっているだろうか。それとも…もう、私のことなんか、どうでもよくなっているだろうか。

突然、頬に生温かい空気がまとわりついた。ひゅう、と、耳元をかすめるような、妙に生々しい風だ。それは、まるで誰かの手のひらが、私をゆっくりと撫でるかのように、ねっとりとした温度を含んでいた。ひんやりとしたコインランドリーの空気の中で、その一点だけが妙に暖かい。まるで、生き物の吐息みたいで、ゾワリと背筋に寒気が走った。こんな、誰もいない深夜に。

風は、一度収まったかと思うと、また強く吹き付けた。今度は、どこからか聞こえる不気味な音が混じり合っている。ゴーッ、という低い唸り。その奥に、古びたモーターの軸が擦れるような、キィン、という耳障りな高音が混じる。まるで、錆びついた電子機器が、無理やり回されているような、不快な振動音だ。音と風が合わさって、コインランドリーの壁全体が微かに震えているような錯覚に陥る。

心臓がドクドクと、耳の奥でけたたましく鳴り響く。汗が、全身の毛穴という毛穴から一気に噴き出した。ベタつく肌。この湿気た空気と、私の汗と、洗剤の匂いが混ざり合って、吐き気がする。もう、限界だ。まただ。私はまた、何かを忘れたのか。子供が帰ってこないのは、私のせいじゃないか。この音は、この風は、あの時の罪悪感が形になったものじゃないのか?私を罰するために、現れた何か?

息が、うまく吸えない。喉の奥がカラカラに乾いて、胃が締め付けられる。恐怖で、視界が歪む。どこだ?一体、どこからこの音が?洗濯機や乾燥機は、いつも通りの、あの鈍い音しか立てていない。私は、必死に周囲を見回した。キョロキョロと、目だけを動かす。壁の隅、大型乾燥機の裏の、死角になった部分。そこに、古びた金属製の箱が、壁に埋め込まれるようにしてあった。郵便受けだろうか。こんな場所に、なぜ。

震える足で、その箱に近づき、かがみ込んで覗き込んだ。すると、その金属製の箱の、裏側の壁に、小さな換気扇のような機器が貼り付いているのが見えた。埃まみれの、小さなファンが、けたたましい音を立てて回っている。ゴーッ、キィン、という不快な音は、まさにこの機器から発せられていたのだ。機器からは、細い配管のようなものが伸びていて、コインランドリーの壁の隙間に入り込んでいる。なるほど、これがあの生温かい風と、不気味な音の原因だったのか。

脱力感。全身から、プツンと、糸が切れたように力が抜けた。へなへなと、その場に座り込む。口の端が、勝手に吊り上がっていく。こんな、こんなバカなこと……。郵便受けの横には、むき出しのコードが、簡易的なコンセントに挿し込まれていた。おそらく、24時間営業のコインランドリーで、深夜の警備員か、清掃員用に設置された、安物の簡易空調だったのだろう。それが、配管を通じて、コインランドリー全体に風と音を響かせていたのだ。

ハハ、と乾いた笑いが漏れる。情けない。私は、こんな他愛もない物理現象に、あれほど怯えていたのか。だが、あの生温かい風と、不快な振動音は、まるで現実と非現実の境目を曖昧にする、悪夢のようだった。あの恐怖は、子供の帰宅時刻を忘れ続けている、私の罪悪感そのものだったのかもしれない。あの風は、まるで、子供が突然現れて、私の頬を撫でたような錯覚を、一瞬、確かに私に与えたのだから。