
深夜2時半。この世の終わりみたいな時間だ。街はとっくに寝静まって、コンビニの外壁だけが、月明かりをぼんやり反射している。俺は森田、30代。今日も日付が変わるまで会社に縛り付けられて、すっかり疲れ切っていた。肩は岩みたいに凝り固まって、目の奥はズキズキと脈打つ。胃のあたりもずっと重くて、鉛でも詰まっているみたいだ。こんな時間まで一人でコンビニ飯を食ってるなんて、人生の敗北以外の何物でもない。誰かにこの侘しさを話したくても、深夜に連絡できるような友人もいないし、家族にだってこんな情けない姿は見せたくない。結局、俺はいつも一人だ。このコンビニの店員が奥で品出しをしてるのを除けば、この広い空間に俺一人。その静けさが、かえって俺の孤独を際立たせる。
奥の狭いイートインスペースで、冷えた弁当を無理やり胃に流し込む。スマホを手に取って、惰性でSNSを眺める。どうでもいい他人の幸せそうな投稿ばかりが目に入って、さらに気分が沈む。ああ、もう何もかもが嫌になる。こんな深夜に、何のために生きてるんだろう。
その時だった。手に持っていたスマホの画面が、突然ググッと歪んだかと思ったら、一瞬で意味不明な記号の羅列に変わった。文字化けだ。脳みそが疲労で鈍くなっているせいか、一瞬何が起きたのか理解できなかった。次の瞬間、「ジリジリ……」と、スマホが微かに震えるような音がした。振動音だ。と同時に、画面の文字化けの中から、まるで浮かび上がるように「ゴミ」という二文字だけが、ぼんやりと、しかしはっきりと見えた気がした。いや、本当に見えたのか? 疲れすぎて、影と光の乱反射がそう見せただけなのか?
俺はパニックになった。心臓がドクン、と大きく跳ねる。誰からだ? いや、こんなメッセージを送る奴なんかいるはずがない。誰かのイタズラか? でも、こんな時間に? 「ゴミ」って、何を意図している? 俺のことか? こんな深夜に、誰とも話せず、一人でコンビニの片隅で飯を食ってる俺自身が、「ゴミ」だと言われているのか? 背筋に冷たいものが走る。誰かに、誰でもいいから、このことを話したい。相談したい。でも、誰もいない。このコンビニには、俺と、奥で品出しをしている見知らぬ店員しかいない。こんな得体の知れない恐怖を、どうやって説明しろと? きっと、疲れすぎたんだ、気のせいだ、と笑われるだけだろう。俺は完全に孤立している。
それから数分おきに、またスマホの画面が歪み、あの文字化けと、不鮮明な「ゴミ」という文字の塊が浮かび上がった。そのたびに、「ジリジリ……」という微かな振動が、まるで俺の鼓膜を直接叩くように響く。もう偶然だなんて思えなかった。これは、何かが起こっている。俺の胃が、きゅっと締め付けられるように痛む。冷や汗が額から流れ落ちるのが分かった。
その時、コンビニの奥の方、俺の視線の先にある真っ黒なゴミ袋の山から、微かな光が漏れているのが見えた。同時に、カサカサ、ビニールが擦れるような、軽い音が聞こえてきた。その音は、まるでスマホの振動音と共鳴しているかのように、俺の神経を逆撫でする。一体何なんだ? 光? 音? ゴミ袋の中から? 疲労と恐怖で、完全に思考が停止しかけていた。脳みそが、これ以上考えることを拒否している。
俺は、震える手でスマホを握りしめ、恐る恐るゴミ袋の山へと近づいた。足が鉛のように重い。なんでこんなことになってるんだ? なんで俺なんだ? 何も考えられないまま、ただ、その光と音の元へと引き寄せられる。
真っ黒なゴミ袋の隙間から、確かに光が漏れていた。カサカサという音も、すぐそこから聞こえる。俺は意を決して、袋の口を覗き込んだ。
そこにあったのは、清掃用のコードリールから延びた延長コードに繋がれた、小さなLED照明だった。どうやら店員が清掃か品出しのために使っていたものを、うっかり点けっぱなしでゴミ袋の山に放り込んでしまったらしい。照明器具の光が、袋の内側のビニールや、中に押し込まれた包装紙、空のペットボトルなんかに反射して、チカチカと不規則に瞬いている。そして、それらが熱やわずかな空気の動きで触れ合うたびに、カサカサと音がしていたのだ。
俺は、一瞬呆然とした。
なんだ、これ。
ただの、電気スタンドか。そして、ただの、ビニールの音。
俺は、急に全身から力が抜けて、その場にへたり込みそうになった。あれだけ俺を恐怖のどん底に突き落とした「文字化け」も「ゴミ」というメッセージも、スマホ画面に反射した照明の光と、ゴミ袋の中で擦れるビニールの影が、疲労困憊の俺の脳みそに勝手に「文字」として認識された、単なるパレイドリアだったのだ。スマホの振動音と、ゴミ袋の音が重なったのも、全くの偶然。
脱力感とともに、疲労と安堵がどっと押し寄せる。同時に、こんな馬鹿げたことでパニックになっていた自分が情けなくて、惨めになった。誰にも話せない恐怖、誰にも相談できない孤独。それが、こんな取るに足らない「ゴミ」のような現象で増幅されていたなんて。
結局、俺は今日も一人だ。恐怖が去ったところで、この深夜に、こんなコンビニの片隅で、一人でいることには変わりない。ああ、もう帰って寝たい。誰にも邪魔されずに、ただ、眠りたい。そう思いながら、俺は冷え切った弁当の残りを、無理やり胃に押し込んだ。胃の不快感は、まだ消えていなかった。