幻聴か?深夜車庫の「パチッ」

胃の奥が、ぎゅぅっと捻じれる。いや、もっと下だ。子宮のあたりが、鈍器で殴られたみたいに重く、そして時折、鋭利な刃物で抉られるような痛みが走る。あぁ、もう嫌だ。なんでこんな時に生理が来るんだ。よりによって、終着駅の車庫で夜間整備なんて、最悪のタイミングだ。

ここ数日、ずっとこのだだっ広い空間で、ひたすら電車の点検と修理に明け暮れている。天井は高く、照明はまばら。昼間はまだしも、深夜は本当に、生きているものの気配が希薄になる。重い工具を運ぶたびに、腰に鈍痛が響いて、思わず「うっ」と呻き声が漏れた。貧血気味なのか、視界の端がチカチカする。頭もぼんやりして、どうにも集中できない。この生理痛、なんでこんなに不規則なんだろう。急に強くなったり、少しだけ遠のいたり。その度に、いちいち身体が警戒して、疲労感が倍増する。

深夜二時を回った頃だった。
静寂を破って、不意に音が響いた。
「チリチリ……カチン。チリチリ……カチン」
不規則な、電子的なノイズと、何かがスイッチするような硬い音。金属が擦れるような「キィッ」という高音も混じる。車庫の奥の方、薄暗い影に覆われた隅の方からだ。
生理痛で朦朧とした頭には、その音がやけに不気味に響く。規則性がないのに、どこか一定のリズムを刻んでいるような気がして、それがまた神経を逆撫でする。幻聴か? と思った、その時。
「パチッ」
乾いた、軽い音が、先の不規則なノイズに重なるように響いた。
「チリチリ……カチン。パチッ。チリチリ……カチン」
なんだ、これ。寒気が背筋を這い上がった。生理痛で身体が冷えているせいか、それとも恐怖か。いや、両方だ。胃の奥から吐き気が込み上げてくる。もう、やめてくれ。こんな時に限って、なんでこんな音がするんだ。

音の源を探して、ゆっくりと足を進める。重い整備靴が、コンクリートの床を鈍く擦る。身体が鉛のように重い。一歩踏み出すたびに、子宮の奥がズキン、と脈打つ。痛い。痛い痛い痛い。もう勘弁してくれ。生理痛のせいで、足元がフラつく。このまま倒れて、どこかの部品に頭をぶつけたらどうしよう。そんな馬鹿げた思考が、恐怖と痛みが混じった頭の中を駆け巡る。

車庫の隅は、一段と暗い。薄闇の中に、何かの影がうっすらと浮かび上がっているような、いないような。目を凝らすが、はっきりしない。生理痛のせいで涙目になっているせいもあるかもしれない。
「チリチリ……カチン。パチッ」
音は、確かにそこから聞こえる。しかし、近づけば近づくほど、音は途切れ途切れになり、そして完全に沈黙した。
おかしい。何も見えない。ただ、そこには無数の工具や部品が雑然と置かれているだけ。
心臓がドクドクと不規則に脈打つ。生理痛のせいで動悸が激しいのか、それとも恐怖か。いや、両方だ。もう、無理。このままでは、精神が持たない。私は震える手で、壁のメインスイッチに手を伸ばした。

バチン!

けたたましい音と共に、車庫全体を明るい蛍光灯の光が満たした。一瞬、目が眩む。

光が収束した視界の先に、私は目を疑った。
車庫の隅、部品の山に囲まれた仮設の休憩スペースに、一人の女性がいた。
彼女は、作業着の上に白いモコモコの毛布を羽織り、その手には、まさかの扇子。
その女性は、私が点灯した光に驚いたように、パッと扇子を閉じた。
「パチッ」
まさしく、あの乾いた音だ。

そして、彼女の足元には、業務用スポットヒーターが置かれていた。車庫の壁にある仮設用のコンセントから、オレンジ色の延長コードが伸びて、そこから電源を取っているのが見える。

「あら、ごめんなさい。びっくりさせちゃった?」
女性は、はにかむように笑った。見慣れない顔だ。
「え、あ、いえ……」
私の喉から出たのは、情けない声だった。
「夜間清掃の応援に来た者です。すみません、こんな時間に。車庫が広くて、なかなか終わりが見えなくて……。寒かったからヒーターつけてたんですけど、さすがに熱気が籠って。顔が火照っちゃって、つい扇子で扇いでました。この扇子、閉める時に結構いい音するでしょ? あと、このヒーター、古いからか、電源が不規則にチリチリ言うんですよ。時々、リレーがカチンって。なんか、不気味ですよね」

彼女の声を聞きながら、私の身体から一気に力が抜けていく。
あぁ、なんだ。幽霊でもなんでもない。ただの、深夜の作業員だった。白い毛布が、薄暗がりの中で「白い着物」に見えただけ。ヒーターの不規則な電子ノイズと、扇子の乾いた開閉音が、生理痛で弱った私の心を弄んだだけだったんだ。
安堵のため息をつくと、同時に、子宮の奥が再びズキン、と痛んだ。
「うぅっ……」
「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ?」
彼女の心配そうな声が、遠く聞こえた。
大丈夫なわけ、ない。こんな身体で、あと何時間、この広い車庫で作業を続けなきゃいけないんだろう。考えるだけで、また胃の奥がムカムカしてきた。
生理痛、ほんと、勘弁してくれ……。