消えぬのは、シミか、恐怖か。

夜風が肌を刺す。生ぬるい、気味の悪い風だ。携帯の画面をスクロールする指が震える。もう何度も見た記事。地元の子供が公園で姿を消した、と。あの笑顔が、無邪気な声が、二度と聞けないかもしれない。そう思うと、胃の奥がキュッと締め付けられる。最近ずっと、このキリキリとした痛みが俺を蝕んでいる。報道が過熱するたびに、俺の不安も肥大していく。もし自分の子供だったら、と。まだ子供もいない俺が、なぜここまで怯えるのか。だが、あの無垢な顔を見てしまうと、他人事とは思えないのだ。

何かに突き動かされるように、俺は公園に来ていた。ここ数日、この公園で奇妙な現象を見たという噂が飛び交っている。子供の行方不明と結びつけるのは、あまりにも短絡的だ。だが、この胸騒ぎを無視できなかった。暗闇が、まるで何かを隠し持っているかのように口を開けている。街灯の光も届かない奥の方で、何かが蠢いているような気がして、呼吸が浅くなる。

ベンチに腰を下ろしても、落ち着くどころか、不安は募るばかりだ。携帯のニュースアプリを再び開く。目を覆いたくなるような見出しばかり。指先で頬を撫でる。ひげも剃り忘れたままだ。きっと顔もひどい有様だろう。不眠で目の下には黒い隈が張り付いているに違いない。

その時だった。ポツリ、と。

微かな音が耳朶を打った。最初はただの錯覚だと思った。だが、間もなく、再びポツリ。ポツリ。水滴が落ちるような、しかし妙に重苦しい響き。まるで、俺自身の心臓が、耳の中で不規則に脈打っているかのようだ。

俺はゆっくりと顔を上げた。周囲を見渡す。誰もいない。見えるのは、風に揺れる木々の影と、遠くの街明かりだけだ。だが、音は止まない。ポツリ、ポツリと、規則的なくせに、次第にその音は質量を増していくように感じられた。最初は小さな雫だったはずなのに、今は地面に何かが叩きつけられるような、鈍い響きに聞こえる。不安が聴覚を研ぎ澄ませ、同時に歪ませている。

頭上、暗闇の中に何かがあるような気がした。東屋の屋根か、それとも街灯の光を遮る木の枝の隙間か。俺は立ち上がり、ゆっくりと視線を上に向けた。「天井に…何か?」この公園に天井などない。あるのは空と、樹木と、東屋の屋根だけだ。だが、俺の目には、確かにそこに、黒々とした、何か塊のようなものが見えた。

滴る音は止まらない。いや、むしろ大きくなっている。ポタッ、ポタッ、と。その音が、俺の頭の中に直接響くようだ。目の前が霞んでいく。本当に霧が出ているのか? いや、違う。これは、寝不足と不安で視界がぼやけているだけだ。全身が鉛のように重い。こんな時に、またあの子供のニュースが頭をよぎる。こんな暗闇の中で、あの子も一人で怯えていたのか? 考えるだけで、胃液が逆流しそうになる。

その時、遠くから微かな機械音が聞こえてきた。ヴヴヴ……と、低く唸るような音。不規則な振動音だ。それは先ほどの滴る音と混じり合い、俺の神経をさらに逆撫でする。一体何だ? こんな深夜に、公園の奥で?

俺は音のする方へ、まるで夢遊病者のように足を進めた。公園の隅、茂みに隠れるようにして、古びた小屋が建っている。普段は誰も近寄らない、管理用の小屋だ。扉は半開きになっていた。誰かが作業をしていたのか? こんな時間に?

恐る恐る、軋む扉を押し開ける。中は薄暗く、埃っぽい匂いがした。そして、その奥、積み上げられた資材の陰に、それはあった。古い、大型のプリンターだ。

ヴヴヴ……と音を立てていたのは、そのプリンターの冷却ファンが異常な回転をしている音だった。そして、プリンターの排紙口の下には、赤いインクの塊がべっとりと広がっている。さらに視線を上げると、プリンターの真上、小屋の天井板に、鮮やかな、そして禍々しい赤いシミが幾つも付着していた。それが、ポタポタと、地面に落ちていたインクだったのだ。

「これが……」

俺は呆然と立ち尽くした。滴る音も、機械音も、全てはこの古いプリンターからだった。赤いシミは、血痕などではなかった。ただのインクだ。

どうやら、この公園で近々イベントがあるらしく、そのポスター印刷のため、印刷業者が夜間作業をしていたらしい。急な依頼で、夜中にここを臨時の作業場にしていたのだろう。簡易的な電源コードが、小屋の奥の壁のコンセントから伸びているのが見えた。きっと、印刷中にプリンターが故障し、インクが漏れ出したまま、慌てて他の機械を取りに行ったか何かで、そのまま放置してしまったのだろう。

安堵した。いや、安堵などではない。全身から力が抜けて、膝がガクガクと震える。ただの機械の故障。それだけのことだった。

だが、あの子供の失踪事件への不安は、決して消え去ることはない。この胸の奥に、澱のように溜まっている。結局、この公園のシミは消えたが、俺の心のシミは、まだそこに、べったりと貼り付いたままだ。夜の静けさが、かえってそのシミを際立たせるように感じられた。俺は重い足取りで、小屋を後にした。